第一部「悪い夢」


「リョウさん、ちょっと遅れるって」

スマホから顔を上げて、メンバーを振り返るダイキはいつになく心配そうだ。何か心当たりがあるのかもしれない。

「へえ、珍しい…体調悪いのかな?」
「うん。最近、怖い夢ばっかり見るんだって」
「怖い夢か…」
「俺、運転代わろうかな」

走り屋のあっくんが、りりしい眉毛を心配そうに八の字にして呟く。
いつも頼もしいリョウさんが、出発前に体調を崩すなんて…やっぱりあの夢のせいだろうか?

「お待たせー。悪いね、遅れちゃって」

15分ほどして打ち合わせ場所のカフェに現れたリョウさんの顔は、透き通るように青白い。やっぱり調子が悪そうだ。

「リョウさん、大丈夫ですか?」
「ごめんね、最近よく眠れなくて」
「やっぱり…夢のせいですか?」
「まあね…あまりに暗くて、気が滅入っちゃうんだよ」
「大変っすね…僕もそういうの、経験ありますけど」
「あ、てっちゃんもある?」
「はい。何回も同じような夢見たり…何かから必死で逃げてたりとか」
「あー、分かるそれ」
「夢って、何かのお告げでもあるっていうし…その日一日、何とも言えない気持ちになるよね」

カフェで少し長めに休憩をとって、リョウさんが落ち着いたところで、いつものレンタカー屋で綺麗なワインレッドの車を借りる。今回の目的地は、タルヤの黒い森だ。赤い色は遠くからでもよく見えるし、森の中では目印にもなるはずだ。
リョウさんが見る夢の内容は、視聴者の皆も詳しく知りたいだろうだから、プロローグとして、車での移動中に話してもらうことにした。

「よかったら俺、運転代わりますよ」
「ああ、あっくんサンキュー」

‡ ‡
国内有数の純度の高い湖、タルヤ湖を抱く黒い森に、ぽつんと佇む一軒の古めかしい廃ホテル。
いつからか、そこに「人を襲う悪霊が出る」という噂が流れ始めた。
廃ホテルの周辺で、身の毛もよだつ体験をした者が続出しているのだ。
今ではその場所は、呪われた館…通称「マーダーハウス」と呼ばれている。
そんな恐ろしい噂の真相を確かめるべく、勇敢なミステリー調査隊は今回も気合十分で調査に向かった。
しかしその道中から、既におかしなことが起き始めていた…
‡ ‡

あっくんに運転を代わってもらったリョウさんが、このところ毎夜のように夢に見る、怖い部屋の様子について話し始めると、車内の空気がまるでエアコンでも点けたように、すーっと冷たくなっていく。

「そこに窓は無いんだよ。壁が一面黒くて、天井も真っ黒で…あれ、焼け焦げてんのかな?きっと、何か良くないことがあって…ただ、もっと怖いのが…」
「ん、焦げ…?え、本当に匂わない?」
「わ…ほんとだ!まさか車の故障?」
「マズい、一旦停めよう!どこか空いてる場所探して!」

予想外の事態に、車内は軽くパニックになる。リョウさんの言葉通り、何か異様なものが燃える匂いを全員が感じていた。これは霊現象云々の前に命にかかわる。もし車が燃えでもしたら本当の惨事だ。ミステリー番組の製作どころじゃない!
急きょ路肩に車を停め、どこにも火の気がないか、皆で車内の安全を確認する。車に詳しいあっくんがボンネットを開けて、カーエンジンの部品を調べている。その間に車のドアを全開にしてしばらく待機すると、匂いは収まったようだ。

「よかった…とりあえず車は無事だよ」
「確実に霊障起きてる感じっすね…」
「多分、リョウさんが夢の話してから…だよね?」
「もしかして、行くの止められてるのかな?何か怖くなってきた」
「ですよね…本当にヤバそうなら、一旦引き返しましょう」
「ああ、"目に見えないもの"を怒らせるほど、怖いことはないからね」

拭えない不安を胸に運転を再開するが、その後は何事もなく北へと進み、やがて広い国道から外れ、廃ホテルへの近道としてカーナビが示した古い林道に入った辺りで、にわかに霧が濃くなってきた。ついさっきまで、遠くの橋を渡る電車の紫色が鮮やかに見えるほど、空は青く澄み渡っていたのに。時刻はまだ昼過ぎだが、辺りはまるで夜のように暗い。言いようのない不安が車内を覆っていく…その時だった。

「…え、何だ?窓ガラスに…わ、マジかよ!夢で見たやつじゃん!」

突如怯え始めるリョウさん。この時、まだ話していなかったあるものが窓ガラスに浮き出して見えていた。まさにその時、ヘッドライトの光円の中にゆらりと影が浮かび上がった。見上げるほど高い。木?いや、足がある、多分人だ。そう認識した時には、もうすぐそこの距離だった。ブレーキを踏んでも間に合うかどうかだ。なのにその主は立ち止まったまま、逃げもせず、ここではないどこか一点を見つめている。その目が赤く光って…?

「わーっ!カミサマ!」
「ぶつかるっ!!」

……




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