手遅れになる前に


[しょうちゃん視点]

建物の中は、外観にたがわず、とても洗練されたデザインだ。ススとホコリで暗く沈んだ天井は、まるで今も人々を出迎えようと、時の重みに黙って耐えているかのようだった。
もちろん時の経過はひしひしと感じるし、薄暗くて怖さもあるけど、今にも崩れそうな脆さは不思議と感じない。多分、造りがしっかりしてるんだ。内装のデザインも、現代でもウケそうなくらい洗練されてるし…きっとお金もかかっただろう。そういえば、オチアイさんの夢の部屋も、燃えてはいるけど、どこも崩れていなかったっけ…

「すごいな…火事があっても、こんなにちゃんと残ってるんですね」
「多分、火より煙が凄かったんだよ。下手に燃えるより、煙が広がる方が被害が大きいからね」

オチアイさんの言葉で、ふと当時の状況を想像して、本物の地獄絵図だと思った。建物ごと黒焦げ…まるで火刑みたいだ。何の悪意もなくこの場所を訪れた人々が、あたかも罪人であるかのように死んでいく…でも、それは決して珍しい出来事じゃない。まるで、人ではない大きな存在に選ばれるみたいに、自分の意思とは関係なく、それは起きてしまう。生け贄…陳腐な言葉だけど、昔からそう呼ばれているものかもしれない。

「世の中って理不尽だよな。ちゃんと真面目に暮らしてたって、いつ何が起きるか分かんねえ」
「うん。僕らみたいに心スポ探検なんてしてたら、なおさらだよね…」

隣りで天井を見上げるまーくんとサトルくんも、神妙な顔で物思いにふけってる。こういう場所に来ると、いつも考えさせられる。命って何だろうって。体が無くなった後も、霊としてこの世に留まり続ける意味って何だろう?って。

「見た感じは頑丈そうだよな。窓ガラスは無くなってるけど、他はしっかりしてる」
「ですね…いきなり倒壊、とかはないと思うけど。こういう場所は何が起きるか分からないから、用心しましょう」
「ああ、こっちは大人が4人もいるんだからさ。最上階まで行くなら尚更慎重に行かないと」

オチアイさんが真面目な口調でクギを刺す。それに付け加えるようにサトルくんが言う。

「皆、何かあっても、絶対に走り回ったり、パニックにならないようにね。ヤバい、と思ったらすぐに退路を確保して、とにかく外に出ましょう」
「うす、了解です」
「頼むぞ皆。誰か怪我しちゃって救急車呼ぶとか、俺絶対嫌だからね?」

オチアイさんはここへきていよいよリーダーらしい顔つきで、僕らに注意を促している。救急車、と聞いて僕は思わず自分のスマホを確認した。圏外。え?

「えっ?圏外って…ここ、電波入ってない?」
「は、マジで?」
「あ、ちょっと待ってくださいね、今…」

慌ててスマホを持ったまま外に出てみると、丁度門をくぐって外の道に出た辺りで、電波が二本まで復活した。その状態で、再び建物の中に戻ると、途端にぷつっと切れて、圏外になってしまう。メンバー全員で同じ動作を何度か繰り返してみたけど、やっぱり結果は同じだった。


[オチアイさん視点]

「は?何、これ…」
「この建物の中だけ、電波が届かなくなってる…?」
「位置が悪いのかな?」
「それだけじゃない気もしますけど…」

しょうちゃんの言う通りかもしれない。今どきの電波はすごく優秀で、ほとんど電線もない山奥や、草原のど真ん中まで行っても、通信に困ることは滅多になかった。あるとすれば、それは電波の強さに関係なく、その場所に通信を妨げる「何か」が存在するから…

「これって、つまり…?」
「そういうこと、だろうな」

単なる偶然とは思えない状況に、全員の顔が強ばる。電波がなければ、メンバー同士で連絡もできない。当初は二組に分かれて広い内部を捜索する予定だったけど、急きょ計画を変更して、全員でロビーを見て回ることになった。

「それじゃ、ちょっと失礼して…」
「何か気になる物があったら、声出して教えてね」

一歩進むごとに、覗いてはいけない時間に足を踏み入れている感覚になる。今も当時の人々がそこにいて、じっとこちらの様子を伺っているようなイメージ。ここは巨大な棺なんだ。遺体こそないけど、魂は今もそこにあるはずだ。俺たちはいつだって「不法侵入者」だってことを忘れちゃいけない。
ロビーには、当時の生活を思わせる古ぼけた家具や、事務用具なんかが所々に残っている。ただ、やっぱりどれもススっぽい。煙の熱で劣化している可能性があるから、下手に触らない方がいいだろう。
いつものように手袋をして、慎重に引き出しを開けると、建物の名前らしきものが刻まれたハンコが見つかった。そっと手に取って、近くで見てみる。

「タルヤ、レイクサイド…」

読めたのはここまでだ。ただ、レイクサイド…ってことは、やっぱりこの辺りには湖があったってことか?いや、そうとしか思えない。皆にも伝えないと…
ふと机から顔を上げて、妙な違和感を覚えた。外から射し込む陽の光が、いつの間に薄まってる。何かに遮られるようなイメージだ。部屋の空気も、入ってきた時より重くなった感じがする。まさか、人が増えてる?酸欠のせいでそう感じるのか?
いずれにしろ、あまり長居はしたくない。もし、俺が夢で見た奇妙な部屋がここにあるなら、一刻も早く見つけないと、手遅れになるかもしれない。


(続く)



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