台本本舗 | ナノ
【行灯夜行】

・・・登場人物・・・
女店主……千伽(センカ)年齢不明
巡査部長……寺田 28歳。

・・・所要時間・・・
○20〜30分程度

・・・タイトルの意味・・・
[行灯]木や竹のわくに紙を貼り、中に油皿を入れて火を灯す照明具。あんどん。

[夜行]百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)に同じ。また、暦で、その日にあたるとして、夜間の外出を禁じた日。

[百鬼夜行とは]いろいろの化け物が夜中に列をなして出歩くこと。得体の知れない人々が奇怪な振る舞いをすること。


・・・物語概要・・・
怪奇事件を担当する事になった刑事[寺田]と、行灯屋の女店主[千伽]の奇妙な物語。

・不自然な死を遂げた被害者の身元を辿ったものの、行き着いた答えは自殺というもの。
けれど明らかに他殺のような無残な死に方で、真犯人が居ないかとさらなる調査を続け、寺田が辿り着いた場所は今時珍しい[行灯屋]だった。
 被害者が生前通った事があるという経緯で訪れたその場所は、あまりにも浮世離れした怪しい店であった。女店主に質問を投げ掛けるも、返ってきた返答は「あなた、面白い眼を持っているのね」という不可解なもの。
 そしてそこで見せられ、聞かされた世界の裏という存在に、寺田は絶句することになる。そしてその日から、彼の人生は大きく変わってしまうのだ。


・・・【伽話開始】・・・


(パラパラとメモ帳をめくる音)

寺田「 現場は密室。侵入者の形跡もなし。目撃者も居なければ、誰かが何かを聞いたという情報もない。そして、上層部が出した捜査結果は……自殺。

だとしたら、どうやってあの不自然な死に方を証明するんだ?自分で自分の首を絞めるなんてこと、普通は出来るはずが無いのに。
絶対に、真犯人がどこかにいるはずなんだ…………でも、いったいどこに?

……だあ! もう、わけがわからん!とにかく、もう一度 聞き込みに行くしかないな。

 確か、関係者が居たな。被害者が最後に通ったと言われる店へ行けば、少しは何か掴めるか?」


(足音)


-----間3秒-----


寺田「あんどん、や……?」

(引き戸、扉を開ける音。もしくは鈴の音)

千伽「どうぞ、いらっしゃいませ。……あら?」

寺田「警察だ。聞き込み調査に来た。知っている情報を全て教えてくれると助かるんだが……その、君は……」

千伽「ここの店主よ。巡査部長さん」

寺田「なぜ階級を……ああ、いや、手帳か。それで、早速本題に入りたいんだが、花山 圭吾という人物を覚えてるか? 数日前にこの店に来ているはずなんだが」

千伽「花山 圭吾……さて、客の名前をいちいち覚えてるわけじゃないからね」

寺田「……テレビを見ていないのか? ニュースになっているから、顔は知ってるはずだぞ。答えろ。彼はいつ頃この店に?」

千伽「この店にテレビなんていう俗なものがあるように見えるかしら。 けど……そうねぇ。一番新しいお客がそうだって言うなら、知っているかも知れない」

寺田「花山は中肉中背、左目の下に泣きぼくろがあって、右手の甲に火傷の跡がある」

千伽「ああ、あの幸の薄そうな顔したお兄さん」

寺田「……ここで何を買っていった?」

千伽「そうねぇ、行灯をひとつ」
  (妖艶に笑いながら)

寺田「行灯を? だが、ヤツの家には行灯なんて何処にも置いて無かったぞ」

千伽「…ねえ、刑事さん。私からもひとつ聞いて良いかしら」

寺田「機密事項に関係が無ければ」

千伽「その花山とやらは、死んだの?」

寺田「な……っ。本当に知らないのか……?」

千伽「どうなの? ここへ捜査に来たということは、何かしらあったということでしょう?」

寺田「………」

千伽「さあ」

寺田「……昨日の午後、自宅で、花山が死体で見つかった。報道では自殺とされている」

千伽「それで、あなたはその死を誰かの犯行による他殺だと疑っているのね? 」

寺田「自殺として処理するには、ヤツの死は不可解な事が多すぎる」

千伽「ふぅん、……そう。彼は、私の言い付けを守らなかったのね」

寺田「!? お前、何か知っているのかっ? まさか……ッ」

千伽「妙な疑りをかけるのはよしてちょうだいな。私はただ、お客様に忠告をしただけよ」

寺田「忠告ってなんだ」

千伽「『溝にハマらないように』」
 (おどろおどろしく)

寺田「みぞ?」

千伽「そう、溝。コレは貴方にも言えることだけれど……怖いのよ? 溝って」
(薄ら笑いながら)

寺田「ふざけているのか」

千伽「そう見えるなら、そうかもしれないわね」

寺田「……業務妨害で取り押えることも出来るんだが?」

千伽「あら、怖い」

寺田「……。他に何か知っていることはないか」

千伽「知りたいなら、それなりのモノが必要になるわね」

寺田「金を取るって言うのか?」

千伽「まさか。まあ、確かにお金は大好きだけれど……対価として必要なものは、それ以上のモノね」

寺田「臓器が欲しい、とか言わないだろうな」

千伽「遠からず、近からず」

寺田「おい! ふざけるのも大概に、」

(上のセリフに重ねるように)

千伽「別に生身のものだとは言ってない。あなたの中のモノを少々頂くだけだわ」

寺田「は?」

千伽「気付いていないのね、あなた。とても良い眼を持っているのに。要らないなら、それを対価として貰おうかしら。それひとつで十分な対価になる」

寺田「いったいなんの話を……」

千伽「行灯を売りましょう。答えが知りたいのでしょう? 花山 圭吾という人間が、どうやって奇怪な自殺を遂げたのか……」

寺田「あれを自殺と断定するのか?現場を見てもいない、ニュースすら知らなかったくせに」

千伽「見ずともわかることもある。彼が溝にハマり、呑まれたのならば、深く考えずとも」

寺田「意味が、わからない」

千伽「さあ。対価をいただきましょう。話はそこから……」
(千伽の深く吐いて吸い込むような吐息)

寺田「何をして……いっ…! ぐぁ……! 急に眼が……熱く……!」

千伽「ああ、やっぱり。綺麗ね」

寺田「……何をしたんだ……なん、だ。それは……」

千伽「あなたの眼よ。知らなかった?この『覆い(おおい)』のおかげで、あなたは自分を守っていたのに」

寺田「おおい? その、コンタクトレンズみたいなもののことか? だが、そもそも守るって、いったい何から」

千伽「この世のありとあらゆる怪奇から」

寺田「……馬鹿げた話を」

千伽「信じる信じないはあなた自身の問題だけれど、私がこれをあなたから貰ったから……あなたはもう、怪奇を免れることは出来ないでしょうね」

寺田「馬鹿馬鹿しい……」

千伽「そう? けれどその証拠に、もうあなたには見えているでしょう?この店に巣食う悪鬼達が」

寺田「見えているって……なっ!? なんだ、コレ……青い炎が……部屋中に浮いている……?」

千伽「安心なさい。触れても火傷をすることはないし、そもそもあなたには触れられないものだから」

寺田「い、いつからそこに」

千伽「あなたがこの店に足を踏み入れたその時から、ずぅ──っと」

寺田「そんな、ばかな……」

千伽「あなたが見ようとしていなかっただけ。あなたはすべての怪奇を、この『覆い』で遠ざけていたのだから」

寺田「嘘だ……たしかに、さっきまでそこには何もなかったはずだ!マジックか何かなんだろう!?」

千伽「本当に、そう思う? ……本当に、ここには最初から何もなかった? そう思い込んでいただけではないと、言い切れるのかしら?」

寺田「馬鹿げている。こんなこと、」

(上に重ねるように)
千伽「目に映るものだけが『存在』するモノだというのなら、いままでのあなたは何もかもを無視してきたということになる」

寺田「言っている意味がわからないって、何度言えば……」

千伽「そうねぇ。人は思い込みの中で生きているものね。じゃあ、例えばこの店。あなたはどうやって此処へ来たのか、それを覚えているかしら」

寺田「人に聞いて、それで……」

千伽「本当に人に聞いて? ここへの地図を貰ったの? それとも、連れて来られた?」

寺田「いや、それは、確か道筋を聞いてその通りに」

千伽「本当に聞いた通りに来れた? そもそも、その人は本当に人だった?」

寺田「……何が言いたいんだ」

千伽「いえ。やっぱり 理解していなかったみたいだから、『覆い』のお釣りとして教えてあげることにするわ。いいかしら刑事さん? ここは、本来ならあなたのような人間が来れる場所じゃないのよ」

寺田「またふざけるのか」

千伽「至って真面目だわ。だって、あなたは覚えていないのでしょう? ここまで来た時の道のりを。どこを通って、どの角を曲がって、どれくらいの時間を歩いてここへ辿り着いたのか」

寺田「だからそれは……いや、待て。俺はどこを通ってここに来た……? どうしてそれが思い出せない……?」

千伽「あなたがここへたどり着いたのは、その眼のおかげ。見えないものを否定する割に、望めばその道を見ることが出来たってことね。なんて便利なのかしら。けれど今は覆いは私の手の中。あなたは見たくなくても、嫌でもその怪奇を見てしまう。見つけてしまう。知ってしまうの」

寺田「ぉ、おい、待て。頭が混乱してきた……俺は何しにここへ来たんだった? いや、花山の件だ。あんたの話を聞いてると頭が痛くなる」

千伽「人は自分の想像する範囲内で生きているもの。知らないものを与えられると、混乱するのは当然のことね」

寺田「だから、そんな話をしに来たんじゃなくてだな!!」

千伽「そう。だから行灯を売ると言っているのよ。刑事さん、その胸ポケットに入っているものをお出しなさい」

寺田「は?……ポケットって、まさか、コレのことか?」

千伽「そう。花山の手帳。それをこちらに寄越しなさい」

寺田「……何をする気だ?」

千伽「あなたに、彼の身に起きた全てを見せてあげましょう」

寺田「……コレで何を見るって?」

千伽「いいから早くよこしなさい。私の気が変わる前に」

寺田「……後でちゃんと返してくれ。立派な遺品だからな」

千伽「あら。それは約束出来ないわね」

寺田「な、約束出来ないってどう言うことだ」

千伽「質問の多い男は嫌われるわよ?」

寺田「刑事のさがだ。放っておいてくれ」

千伽「あらそう。……さて、覆いを取ったいま、その眼があればハッキリ見えるはずよ。しっかりと見ていなさいな」

寺田「杉で出来た行灯か……白色無地とはまた、珍しいな」

千伽「さあ、火を灯した。これが、あなたの知りたかった全て……」

寺田「あ、おい、馬鹿! 遺品の手帳を燃やすなんて……!」

千伽「黙って見ていなさいな」

寺田「黙ってなんか居られるか! なんてことしてくれ、……なん、だ……これ……」

千伽「……火は影を作り、行灯はそれを彩る」

寺田「どうして部屋中に、映像が……それは投影機なのか? いや、これは、影───?」

千伽「あなたの見たかったものを、見たいと思うその気持ちだけでそこに投影させる。そうね、現代でいう投影機でいいんじゃないかしら」

寺田「そんな馬鹿なことあるか!現代の投影技術を使ったって、こんなにリアルに映し出すことは出来ない!まるで……目の前にあるように見せることなんか……これ、花山の自宅じゃないか!」

千伽「あなたが思ったからでしょう? 彼の死んだ理由を知りたいと。どうやって自殺したのか、真犯人は存在するのか」

寺田「まさかこれは、ヤツが死ぬ直前だって言うのか?」

千伽「魂はあの部屋に縛られたまま。彼の遺品を使ったことだし、鮮明に見えるはずよ」

寺田「部屋には、花山以外、誰も居ない……」

千伽「さて、どうなるのかしらね?」

寺田「そんな! 自分の首を、自分で絞めたっていうのか……!? こんなの、理論上ありえない! 窒息すると腕に込められた力は失われ、死ぬまで自分の首を絞め続けるなんてことは、絶対に出来るはずがないんだ!!」

千伽「ふふふ。ねえ、刑事さん? 人間って面白いのよ。怨念が積もれば積もるほど、憎しみという力が生まれると、人は不可能という枠を簡単に飛び越えて怪奇を起こすのだから」

寺田「こんなありえないこと……」

千伽「ありうるのよ。知らないだけ。未解決のまま処理された事件を、あなたはどれだけ知っている?」

寺田「だが……」

千伽「目を凝らして見てみなさい。コレが彼を死に至らしめたものよ」

寺田「ッッッ、なんだよこれは!!!」

千伽「鬼」

寺田「鬼? 花山の腕に絡んでるそれが、鬼だっていうのか?」

千伽「そう。これは彼自身が産んでしまった鬼。それだけ、彼は虐げられ、苦しめられ、悩んでいたということ。可哀想に。『自分を殺したい程』自分に自信が無かったのね」

寺田「……この鬼が、ヤツを殺したっていうのか」

千伽「いいえ? 彼を殺したのは彼自身と、沢山の人間。警察なら周囲の人間から彼について話を聞いてみなさいな。どうして彼が自分を殺したのか、すぐにわかるはずだわ。鬼を作るのも、鬼に慣れるのも人間だけ」

寺田「こんな話……」

千伽「信じなくともいいわ。けれど、あなたのその眼の覆いは私が貰ったから、これから先あなたは、いやでも怪奇を見ることになるでしょうね」

寺田「………」

千伽「何か言いたそうね」

寺田「……ああ。一つ、聞いてもいいか?」

千伽「お釣り代わりに答えてあげましょう」

寺田「さっき言っていた『溝』っていうのは、なんなんだ?」

千伽「人の心に潜むものよ」

寺田「それは?」

千伽「負の感情で出来た、底なし沼のようなものね」

寺田「底なし沼?」

千伽「蔑まれ、罵られ、傷めつけられ、そうして心に生まれた怒りや憎しみ、そして、絶望という感情。そういう負の感情をどこに向けるのかはその人次第。花山は自分に向けたみたいだけれど」

寺田「それで……自殺したっていうのか?」

千伽「他人に向けなかっただけまだ救いようがあるわ。聞いたことくらいあるでしょう? 大量殺人を犯した犯人に何故そんなことをしたのかと動機を尋ねたら、こう返された。……“誰でも良いから殺してやりたかった” って」

寺田「……!いや、だがそれは、精神的な、」

千伽「犯人の身の回りを洗えばこうも言われなかった?“そんな人間には見えなかった” 。“とても優しい子だったのに” 」

寺田「!」

千伽「……ねえ、おまわりさん?優しいと呼ばれる人間のほとんどは、言いたいことが言えずに人から与えられる全てを飲み込んでしまう者が多いと言うことをご存知?」

寺田「言いたいことが、言えない?」

千伽「やれと言われればやるし。その逆もしかり。無理強いを受け入れて、なにをいわれようとも言い返せず、憎いと、悔しいと、悲しいと感じているのに、それでも何も言えないのよ」

寺田「だれかに相談すれば良いことじゃないのか」

千伽「それは人間関係に恵まれた人間の発想ね。世の中には誰とも打ち解けられない人間も存在するのだから」

寺田「……花山は、誰にも相談できる相手が居なかったっていうのか」

千伽「そのようね。もっとも、彼自身がそうなるように生きてきたせいだけれど」

寺田「どうにか救うことは出来なかったのか?」

千伽「死んでしまう人間は死ぬし、生きようとする人間は生きる。彼が生を望まなかったのだから、救いようはないわね」

寺田「……それじゃ、あんまりじゃないか」

千伽「同情でもしているのかしら?」

寺田「………」

千伽「およしなさい。あなたが溝にハマることになるから」

寺田「俺にも、溝はあるっていうのか?」

千伽「溝がない人間は居ない。それが浅いか深いかの違いだけ。……けど、そうね。花山は行灯を買ってしまった」

寺田「! そうだ、花山は行灯に映し出された何かを見て死を選んだんじゃないのか!?」

千伽「人を悪人を見る目で見ないでちょうだい。彼が買ったのは、彼自身の心を投影した行灯」

寺田「心を投影……なんだそれは」

千伽「彼が真実願っているものを見せただけ。そうね、もしかしたらこのせいで死んだかもしれないわね。けれども私はきちんと忠告したわよ?」

寺田「何を白白しく……」

千伽「『溝にハマらないように』。言ったでしょう。死ぬも生きるもそのひと次第。生きたいと願っていたのなら、彼は今頃生きているはずなのよ」

寺田「あんたが余計なことをしなければ、死ななかったかもしれないだろ」

千伽「時期が早まっただけ。彼はどうせ死んでいたわ」

寺田「どうしてそう言える」

千伽「鬼を生んでしまっていたのだもの。あなたのいう通り生きていたとしても、何人も人を殺した後に刑務所の中に入れられるのが落ちだわね」

寺田「……じゃあ、どうしたらヤツを救えだって言うんだ!」

千伽「救えない人間は救えない」

寺田「そんなの、納得出来ない……!」

千伽「そのうち思い知るわ。あなたは刑事なんだもの。この先うんと沢山の人と出会うことになるのだから」

寺田「………。……捜査は終わりだ。協力を感謝する」

千伽「あら、すごく嫌そうな顔ね。けれど、そういう人間くさい表情は嫌いじゃいわ」

寺田「……失礼する」

千伽「またいらっしゃいな。えにしを結んだご縁として、歓迎するわよ」

寺田「………」



(去っていく足音)



千伽「ふふふ。さあ、いいものが手に入った。彼はこの先どう生きるのかしら? 覆いをなくして、怪奇から逃れられなくなったわけだけれど……そうね。

またこの店に訪れたその時は


行灯を売りましょう」






・───・・・───・
お疲れさまです!
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -