あたしは密かにトシに憧れていた。ひとりでなんでもできるところ、クールでかっこいいところ、ほかの男子と違ってあたしをからかったりしないところ。お隣さんだった総悟の友達だってことで、あたしも仲良くなった。嬉しかった。トシと総悟と三人で遊んでるのを、見ていてくれるみつばさん。みんなあたしの大切なもの。顔見知りだったあたしが唯一なついた人たち。お父さんとお母さんは、いっつも仕事で居ない。夜中に帰ってきて早朝家を出るから、ここ半年顔もみていない。だからこの三人は、あたしにとって世界の中心だった。

「ねえ、トシ」
「…悪い」

トシがあたしを避け始めたのは小学校の中学年の頃からだった。トシが好きな女の子達もあたしを避けるようになった。たまに靴を隠されたりした。黒板に酷い事を書かれたりした。長くて自慢だった髪も切られてしまった。それを指示しているのがトシだと知るのに時間はかからなかった。もともと本が好きだったあたしは、本の世界に逃げるようになった。お隣さんの総悟は学校以外の場所では普通に接してくれた。みつばさんも。きっとトシはそれが気に入らなかったんだ。トシが恐くなった。トシ、なんて気軽に呼べなくなった。十四郎さんと呼ぶようになった。中学校に上がった頃、総悟とも遊ばなくなったらしい。その癖総悟の家には良く来て、みつばさんと話してばかりいたらしい。十四郎の計画はずっと前から始まっていたのだ。

「俺、後悔してるんだ」
「たぶんあいつらは許してくれない」
「なあ、だからみつばさんだけは」
「俺を見捨てないでよ」
「おねがい」

十四郎は、みつばさんがこの「おねがい」に昔から弱かったのをしっている。だからみつばさんは許した。十四郎が恐くて近づくことすらできないあたしと、十四郎を毛嫌いしている総悟の変わりに。高校に入って、総悟はまた十四郎と遊ぶようになった。理由を聞いたりはしない。あたしも成長して、あの頃の恐怖は憎しみと静かな怒りになった。それを今、発散してしまった。さっと背中を恐怖が駆け抜ける。また、酷い事をされるかもしれない。トシに逆らったら、髪を切られるんだ。総悟が褒めてくれた、自慢お髪なのに。

「やだ…やだよぉっ」
「有菜…?」
「来ないで、ごめんなさい…ごめんなさい」
「おい」
「やだあ、う、うぇっ」

やだやだやだやだ。恐い、トシがあたしの方に近づいてくる。髪を守らなきゃ。切られたら、総悟に嫌われちゃう。みつばさんに悲しそうな顔をさせてしまう。あたしはうずくまって、髪の毛を守るように頭を抱えた。恐くて恐くて勝手に涙が出てくる。

「有菜…」
「ごめんなさい、トシくん。」
「俺は」
「もうしないから!絶対に、ごめんなさい。だから髪だけは…」

もう何も聞えてなかった。ただひたすら謝って、トシくんが呆れてどこかにいくのを待つだけ。きっともうすこし、もうすこしだから

「う、うぇ」

急に吐き気におそわれる。やだやだ。動いたら叩かれる。こわい

「有菜」
「う、」
「大丈夫でさァ」
「そうご」
「そう、俺は総悟」
「う、うう」

いつの間にか後ろにいた総悟に抱きしめられる。急に涙の量が増えて、涙だけじゃ感情を吐き出すのに足りなくて、頭の中がパンクしそうなあたしはそのまま意識を失った。



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