響太は風呂が長い。のぼせてはいないようだが、真っ赤な顔をして出てくる。どうしてか、と尋ねると


「出るタイミングがわからなくなってしまいます」


笑って言う。


「それに、お風呂が大きいのでのんびりしてしまうんです」
「そうか」
「きれいなクラゲを作るのに一生懸命にもなります」
「くらげ……?」
「タオルに空気を入れて、こう……今度やってみせますね」


 俺が買ってきたタオルで頭を拭き拭き隣へ座る。ソファは沈むことなく響太を受け止めた。俺が座っているところは僅かに沈んでいるのだが。


「倫幸さん、何読んでるんですか」


 本を開いていたから、こちらに身を乗り出してきた。ふわりと香る風呂上がりの匂い。水っぽくて、妙に熱いそれは本来刺激するものではないはずだが俺にはそんな効果があった。文章を追えなくなり、閉じてしまう。響太は表紙に書かれたタイトルを読み上げ、首を傾げる。


「難しそうです」
「そうでもないが」
「倫幸さんは頭がいいんですね」


 にこにこしながら、すごいです、と言う。赤みの増した頬や、濡れて光る髪や、目に入ると妙に生々しい。


「早く乾かさないと冷えてしまうぞ」
「はい」
「……やってやろうか」


 思いがけず嬉しそうに「はい」と答えたので、ドライヤーの準備をする。温風の強い音をさせながら黒髪へ指を通した。さらさらとしていて絡まない。中から次第に乾かしてゆく。


「気持ちいいです」
「そうか」


 ふおおお、という音に混じって響太の鼻歌が聞こえた。声と似た高い音は心地良い。心地良いと感じるほどに、俺は響太を好ましく思っていた。一緒に料理をしたり、洗濯をしたり、掃除をしたり、出かけたり、眠ったり。家にいれば並んでいることが多く、響太はすぐに視界へ入る。そんな距離感からか自然と特別な感情が生まれていた。我ながら単純だ。


「ありがとうございました」
「うん」


 片付けますね、と、青いドライヤーを棚へ戻す。ふわふわ軽やかな黒髪。まっすぐかと思いきや、襟足の近くに僅かな癖があった。
 隣へ戻り、光を含む目で見上げてくる。


「まだ頬が赤いな。暑いのか」


 手のひらで触れる。柔らかく温かな体温がそこにあった。
 ふと、不思議な沈黙が降りた。
 むずむずするような、なんとも言えない瞬間。響太の顔が近付いてくる。いや、俺が近付いていた。

 唇に触れる手前で、顔を止めた。それは理性に脳みそを引っ叩かれたからだった。


「……寝るか」


 立ち上がる。後ろをついてきた響太が呟く声がした。


「してくれても、良かったです」


 そういうわけにはいかない。大人だから。せめてもう少し大きくなってからさせてくれ。


「おやすみなさい、倫幸さん」
「ああ。おやすみ」


 頭を撫でるとにこにこ。子どもはすぐに眠りの世界へ旅立った。


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