「約束しましょう、ひかるさま」


 細い小指を差し出してきたので、そこに自分のを絡めた。あまり好きではない約束というものが、めぐむとだと輝くような大切なものになるから不思議だ。

 今回の約束は、今日の夜について、だった。
 いつもめぐむが家でわたしの帰りを待ち、一緒にどこかへ食べに出かける。それを、待ち合わせがしたい、と言い出したのである。ひとり、寒空の下繁華街で待たせるなんて、と思ったけれど、目を輝かせるめぐむの後ろで氷魚が頷いたので、いいですよ、と答えた。氷魚がいるなら安心だ。


「じゃあ、今日の夜、お待ちしています」


 笑顔で、楽しみで仕方ない、という様子で言うから頭を撫でた。愛しさでどうしたらいいのかわからなくなるような気持ちになりながら。

 一日があっという間に過ぎた。
 氷魚から、間もなく家を出ます、という連絡を受けて出ようとしたら、立て続けに電話が取り次がれた。普段ならば構わない電話も、今日は随分煩わしい。
 めぐむは恐らく車でやってくるだろう。そんなに近い場所ではない。会社からはすぐだけれど。
 待たせまい、と思っていたのに、随分時間が経ってしまった。急ぎ足で約束の場所へ向かう。すると、待ち合わせの橋の上になにやら人だかり。人の頭の上から見てみると真ん中に氷魚とめぐむがいた。そして、氷魚の足元に数人、男が伸びている。
 状況を見て、なんとなく察しが付いた。とりあえずめぐむがあまり嫌な思いをしていなければいい、と思う。
 わたしに気付いたところから人垣が解け、傍に寄る。淡い橙色の街灯がゆらゆら、めぐむと氷魚とを映していた。


「ひかるさま」


 少し泣きそうな笑顔で名前を呼んだ。どうやらひどいことにはならなかったらしい。めぐむは、冬になる前に選んで仕立てた可愛らしい和服姿で、よく似合っている。可愛らしいから、嫌な奴に絡まれたのだろう。


「大事ないですか、めぐむ」


 頷いて、そっと手に触れてきた。冷たい。


「待たせてしまい、すみませんでした」
「氷魚さんが一緒でしたので」


 頷いた氷魚が、頭を下げて後ろに下がる。


「何事かあったようですが」
「それも、氷魚さんがいてくださったので平気でした」


 なんだかめぐむの中で氷魚の株が随分上がっているようだ。僅かに立つ腹、氷魚を見やればまた一歩下がる。


「……めぐむ、今度はふたりきりで約束しましょう」
「え?」
「氷魚もなし、です」
「仲間はずれは氷魚さんが悲しみます」
「夫婦で、というのもたまには悪くないでしょう」
「そうでしょうか」


 そうです、と、自分にしては珍しく押し通した。めぐむは氷魚のことをしきりに気にしていて、そこに心が狭くなるようなことを考えながら、次はふたりで、と、新しく指切りをしたのだった。


「めぐむはわたしより氷魚のことが好きなようですね」


 食事をしながら戯れに言った。
 しかしめぐむは、とても不思議そうな顔で、首を傾げる。


「めぐむはひかるさまがいちばんです。にばんもさんばんもありませんよ」


 心から不思議そうに言うものだから、思わず笑ってしまって、傍らに控えた氷魚が少し驚いたように瞬きをした。


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