いつも微熱がある名沖くんが平熱程度に収まっていた一日。植物園へ行き、海を見て、海鮮丼を食べて帰路についた。自宅へ送り届けようとしたら「泊まっていきたい」と、こちらも珍しく主張したので、行き先を変更してまっすぐ俺の家へ向かう。
 着替えが置いてあるのに名沖くんは俺の寝間着の上を着て、てろんとしたダイオウイカを抱きながらソファへ座って俺がシャワーを浴び終えるのを待っていた。戻って来て一緒にお茶をのみ、早々にベッドへ。今日のお供はオオトカゲだ。


「熱がないって、こんなに身体が楽なんだね」


 背中から名沖くんを抱きながら、そうだね、と応じる。普通の人には普通のことが、名沖くんには新鮮な驚きであるらしかった。それもそうだ。熱が常にあるような名沖くんだから、だるかったりどこかが痛かったり、不都合が多いんだろう。きっと今日はそれもなくて、快適な一日を過ごしたに違いない。


「明日、また熱が出たりするのかな」
「そんな気がする?」


 抱いている身体はいつもとあまり変わりない。もちろん熱が高いときに抱いて寝たことはないから知らないだけだけれど。


「気はしないけど、出るんだろうなって」
「出たらきちんと病院へ行くんだよ」
「うん」


 名沖くんはいつものことだからと放置することがある。主治医にも、熱が出たらおいで、と言われているはずなのに。


「約束だよ」


 言って、手を取る。いつもより身体に馴染む気がする体温の手は、俺より小さくて薄くて、可愛い。手が可愛いだなんて言えば名沖くんは笑うに違いない。なにそれ、と。笑わせたい気もした。けれど言わなかった。


「うん。約束」
「破ったらパンダ没収」
「あ、パンダはだめ」
「誰ならいいの」
「誰もだめだよ」


 ひそひそと話して、笑う。名沖くんは俺と話しながらすぐに笑ってくれるから、笑わせることはなくていい。自然に、にこにこと笑ってくれる。


「……名沖くんがいてくれて、俺はとっても幸せだよ」


 突然過ぎたのか、名沖くんの手が俺の手の中でびくっと揺れた。


「先生、幸せ?」
「うん。凄くね」
「本当に?」
「本当に」


 嬉しい、と、名沖くんが呟くように口にした。


「先生に心配ばっかりかけてるのに」
「でも俺は名沖くんが愛しいよ」
「なんか照れるね」


 片方の手でトカゲを揉み揉みしながら照れる名沖くんの体温が僅かに上がったような気がした。上がったのか否か、実際にはよくわからないが。


「さて、寝よっか」
「寝られないよ、先生」
「照れてるから?」
「うん。ちょっと暑い」


 お布団蹴っていい? と言うので、少し捲くってあげた。足元を冷やすのはよくないので、肩の辺りを。


「名沖くん、眠れそう?」
「先生が恥ずかしいこと言わなきゃ眠れるよ」
「それはすみませんでした」


 くるりと方向を変えて、トカゲを挟んで抱きついてくる。


「先生が好きだよ」
「ありがとう」
「おやすみ、先生」
「うん。おやすみ、名沖くん」


 すやすや寝息が聞こえるようになってから、名沖くんに布団をかけ直した。きちんと包んで布団の上からぽんぽんする。
 明日からまたばらばらだ。名沖くんは調子が良ければ学校へ行くし、俺は仕事に行かなければならない。その仕事がいつまで掛かるのかよくわからないから会う約束もできない。
 だから今日、愛してる、と言えてよかった。いつも言えるわけじゃないから。


「好きだよ、名沖くん」


 髪にキスをした。名沖くんはふにゃふにゃと何かを言って、ころんと寝返りを打った。


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