ナツくんの視線を感じる。じっと、背中を見つめられている。なんでだろうか、心当たりは全くない。最近悪いことをしたこともなければ、その逆もなかった。のんびりと出かけたり家にいたり、そのくらいで。


「なんか言いたいことでもあるの」


 読んでいた本を閉じ、振り返らないままに尋ねる。ぴゃ、と驚いたような声が聞こえ、なんでわかるんですかと問いかけてくる。


「好きな子に見つめられたら気付くでしょ」
「すきなこ」


 言葉を反復し、黙る。


「かわいい子、でもいいけど」
「鬼島さんは、どうしておれが好きなんですか」
「どうして?」
「はい。なんでおれのことが好きなんでしょうか」


 突然の質問に、今度は俺が黙る番だった。ナツくんが近づいてきて、ひょいと視界に入ってくる。その顔はいつものきらきらに富んでおらず、ひどく不安そうな、悲しそうな表情を浮かべていた。ここのところすっかりなりを潜めていた、不安定なナツくん。過去の置き土産とでもいうべき状態。
 抱き寄せて、しっかりと腕に閉じ込める。逆らうことなく収まり、窮屈そうに身体を何度か動かした後、落ち着く場所を見つけたのか小さく息を吐いた。


「どうしてナツくんのことが好きか、って、難しいこと言うね」
「難しいんですか」
「難しいですよ。ナツくんを好きな理由がたくさんありすぎて。ご飯食べてる顔がかわいいとことか、人の好き嫌いがあんまりないとことか、鬼島さんと違っていっぱい人に好かれるとことか、表情が豊かなとことか」
「まだ出てきますか」
「今度A4の用紙にびっちり書いてあげるからちゃんと読んでね」
「目がちかちかします」
「ナツくんなら大丈夫だよ」


 腕を開くとナツくんがもぞもぞと動いて、目が合う。しっとりと濡れたような、頼りない目をして俺を見つめてきた。


「鬼島さん、面倒くさいですか」
「面倒くさかったらほったらかしてるよ。こんなに一緒にいない」
「でもおれ、ときどきこうやって変になるし、鬼島さん、めんどくさい、んじゃないかと」
「大丈夫だよ。なんとも思ってないしかわいいなってむしろ思ってるから」


 ふにゃりと歪んだ顔。涙が溢れる。べそべそしながらも逸らさない、涙でいっぱいになった透明な目に俺が映っていた。ナツくんの目に映る俺は妙にきれいな、いい人に見えてしまうから不思議だ。
 頭を撫でる。いよいよ本格的に泣き始めてしまって、自分でもびっくりしているような顔で泣き続ける。ナツくんが泣くと可哀想だと思うと同時に、少しときめいてしまう。なんだろう、よくわかんないけれど、かわいい泣き顔が好き、ということも追記しておかなければ。


「ナツくん、顔面溶けちゃうよ」
「とまらない、です」
「キスでもしたら止まるかなあ」
「とまりません」
「断言されるとちょっと傷つく」
「ぎゅってしてください、手」


 勢いは弱まってきたものの、しくしく泣くナツくんの両手を膝の上で握り締める。上下に小さく振ってみると、ナツくんの手がこれでもかと言うほど握り返してきた。


「あいたたた、ちょっと痛いかも」
「きしまさん」
「なあにナツくん」
「めんどくさいですけど、好きでいてください」
「死んでも好きでいるから心配しないで。いや、むしろ心配したほうがいいかもしれないよ」
「きしまさんがそばにいてくれるならなんでもいいです」
「あら凄いこと言うねえ。目、真っ赤にして。痛くない?」
「ちょっとじんじんします」
「時間もちょうどいいし、お風呂入っちゃおうか。優しく労わってあげるよ」


 そっと片手を外して、手のひらで頬を摩る。うんと頷いたナツくんを撫で撫で、部屋の外に向かって声を掛ける。


「誰かーお風呂ー」


 すぐに返事があって、十分後には無事湯の中にいた。


「ナツくん、お目目痛くない?」
「痛くない、です」
「ほんとは?」
「ちょっと痛いです」


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