溝渕の指が、そっとなよの目元を撫でた。何往復かしてすっと離れる。それを追い掛けて今度はなよの指が伸びた。絡み合う、ごつごつとした太い指と少し乾いた細い指。しっかりと繋がれ、笑う。


「云是さまの手は、いつも温かいです」
「なよの手もだ」


 なよの手は何度もあかぎれを重ねたので、膨らんだり皮膚が変化したりしている。それを愛しげに撫で、皮膚の薄い甲へ口づけをした。ちゅ、と音がして、それを聞いたなよの頬が真っ赤に染まる。

 手を繋いだまま向かい合って、ただ見つめ合って。静かに流れる時間が尊く感じる。


「なよ」
「はい、云是さま」


 なんでもない、と笑う溝渕。なんですか、となよも笑う。


「今日は暖かいな」
「そうですね」
「昼寝でもするか」
「はい」


 室内の日当たりがいい場所へ横になる。溝渕が横になった後で、差し出された腕へ頭を置くように寝転んだ。
 ぽかぽかしている休日。
 耳をすませば聞こえてくる、復旧した路面電車の通る音。それから子どもの遊ぶ声。裏の家の奥さんが洗濯物を取り込みながら歌う声。聞こえる音はどれも豊かで、なよは微笑む。しかも目の前には溝渕がいる。目を閉じ、すでに眠っているらしい愛しい人。少し近づいて、でも足りなくて腕から頭を外し、胸元に顔を寄せた。す、と吸い込めば溝渕の匂いがする。

 欲しくてたまらなかった。
 妓楼にいたとき、溝渕とこうして日常を送るのが夢だったのだ。何度も空想したことがある。溝渕と暮らす未来を。それが叶ってからは幸せしかなく、またこうして一緒にいられるようになってからも毎日がただただ、幸せに過ぎていく。


「云是さま」


 名前を呼び、反応があればもう嬉しい。
 溝渕もそう思っているのだろうか。なよの名を呼べることに幸福を感じているだろうか。たまに考えることがある。溝渕はどうなのだろう、ふたりで過ごすことを今でも幸せに思っているだろうか、と。

 床に置かれた手に、手を重ねてみる。
 大きさの違う手。温かくて優しくて穏やかだ。触れられるだけでとても喜ぶ。

 溝渕の目が覚めたら勇気を出して聞いてみよう。
 今でもお幸せですか、と。
 どんな反応を見せるだろう。困るだろうか、怒るだろうか。

 とりあえず目を閉じた。もし溝渕が良い夢を見ているなら、同じ夢が見られますように。


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