締切五日前の朝。
 部屋にほとんど籠りきりで書き上げた小説を、取りに来た担当者に預ける。普段ならば専が自ら渡すところだが、さすがに体力が残っていなかったらしい。部屋で泥のように眠っている。その旨を伝えて謝罪すると、真っ直ぐな群慈の態度に却って恐縮したような様子で「椿先生によろしくお伝えください」と言って山を下って行った。
 専の部屋を訪れた群慈。布団へ俯せになって眠っている愛しい人の枕元に座った。


「専様」


 小さく声を掛けてみる。普段ならすぐにこちらを見て微笑んでくれるが、今日はすやすやと眠っていた。目を覚ます気配もない。外はいい天気で、崩れる様子もないので、とりあえず一度立ち上がって布団や座布団を干した。輝く日光に照らし出された布団をぱんぱんと叩き、どうしようかと考えた。専が眠っているのでうるさいこともできない。薪でも割ろうかと考えていたが、目を覚まさせてしまったら申し訳ないのでそれもやめた。
 おとなしく本でも読むか。
 そう考えた群慈、専の本棚から失敬して居間で開く。しばらくページを捲る音だけが、静まり返った家の中に聞こえていた。


「群慈さん」


 眠そうな専の声が聞こえてきたのは、しばらく経ったあと。時計を見ると、昼に近づいていた。意外と時間が経っている。思いながら、部屋へと足を向けた。


「専様」
「群慈さん、原稿、ありがとうございました」


 布団に入ったまま、上半身だけを起こした専がおっとりと礼を述べる。首を横に振って、構わない、と示した群慈はもう一度同じ場所へ腰を下ろす。すると専が身体を倒して、群慈の膝を枕に見上げてきた。


「群慈さんは下から見ても群慈さんなのですね」


 にっこり笑って言う。寝起きの様子で薄い浴衣一枚の専は色っぽく、腰の細さが際立って見えた。群慈は開けた袷部分から見える肌から目を逸らし続け、不自然な角度で上を見ている。
 それに気付いた専。くすくすと笑い、布団を首の下まで被る。


「群慈さんはいつまで経っても可愛らしいです」
「可愛い、とは」
「そのままの意味です。素敵ですよ」


 頭を置いた膝はかちかちと緊張しているし、本当にいつまで経っても群慈は変わらない。


「専様、目が覚めたのなら食事にしましょう。もう昼ですし、昨晩も召し上がってないのですから」
「そうですね。でも、もう少しこのままで」


 ゆったりと目を閉じた。それでようやく、群慈は専を見下ろす。美しく整った肌に、長い睫毛が陰を落とす。黒々した豊かな髪は少々伸びていて、丸みを帯びた頬からするりと滑り落ちた。


「専様は美しい」


 ぽつんと呟く。


「ありがとうございます」


 ぱっちり目を開けた専に、群慈は頬を赤らめた。


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