拝啓、きみ | ナノ

ひとりで悩んだりしていませんか?



 そちらは桜が終わった頃でしょうか。まったく慣れない土地は四季があやふやで体もおかしくなりそうです。
 前のはがきで奥地へ行くと言いましたね。祖国から遠くなったことには変わりありませんし、専様からまた少し遠くなったと思うと、寂しさが一層募ります。
 お一人で何を考えていますか。わたしは毎日どうやって寂しさを飼い馴らすか頭を抱えていましたがあなたは。一人で悩んだりしていませんか。
 わたしはあなたにとって善い恋人ではなかったと、最近殊に強く思うのです。返事も言葉もぶっきらぼうで、もし、もっと器用に話せる人間だったなら、あなたを楽しい思い出で一杯に出来たかも知れないのに。あなたはそれを糧にして立ち直り生きてくれたかも知れないのに。
 明後日からは暫くあなたを一人にしてしまうだろうことがとても気掛かりです。
 明日わたしは最前線に出陣します。生きて帰れる望みはありません。そういう場所にいますから。あなたは軍人のわたしを愛してくれました。このような時勢に真剣に愛してくれる人が出来たのは幸せでもあり辛くもあります。
 何よりもあなたがこれから一人で悩んだり楽しんだり悲しんだり怒ったりする日々があることが嬉しくもあり悲しくもあります。わたしが守った国であなたが寂しく生きているのは何だか本末転倒である気がします。ですから、寂しく生きたりしないでください。
 あなたが一人である日々はきっとそうそう続きません。とても魅力的ですから落ち着いた毎日が戻ればきっとすぐ誰か誠実な人が現れます。わたしはそんなものを許したくありませんがあなたが幸せならば何でも良いのです。
 生きて帰ることがあったなら今度こそわたしはあなたを幸せにしてみせます。
 ああ、最期かもしれないのに気の利いた言葉の一つも浮かばない。専様がとっても愛しいです。愛しています。


 椿 専 様宛
  長谷川 群慈寄



 手紙と一緒に届いた新聞には『勇猛果敢に総員玉砕』の文字が載っていました。いつか来るかもしれない、その日が来なければいいと何度思ったか知れない今日。
 手紙の日付を考えると一か月以上、苛烈な戦闘の中で生き残っていたことになります。さすが精鋭部隊ですね。
 わたしが今まで悩んでいた病気もなんとかやり過ごせ、こうして自宅へ帰ってくるといっそう一人の淋しさが吹き出して良くありません。
 実は、あなたがいなくなってから幾らもしないうちにわたしは病院送りとなり、久しぶりに家へ帰ってみれば懐かしい匂いと気配で一杯です。
 どうして信じられますか。もう帰ってこないなど。
 軍人さんですから、こんな日が来ることはわかっていました。覚悟もしていました。けれどあなたがいなくなることに――長谷川群慈さんがいなくなってしまうことには、怖くて目を逸らしていたような気がします。軍人の役目だけが何処かへ行って、あなたは帰って来てくれるような気さえしていました。
 まずは暫くあなたを待ちながら生きてみたいと思います。
 生きて帰ってくれればなんでもいい。いつもの群慈さんが帰ってくれたらわたしはそれだけで、この世の何よりの幸福を手に入れるのです。

 
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