小説 | ナノ

愛し愛され四角形*


 
明織理(あおり)
佐伯 ダニエル 正吾(さえき だにえる せいご)
峰 風雅(みね ふうが)
中山 潔(なかやま じえ)


攻めて攻められて、というのが苦手な方
固定カップルが好きな方
複数なんて嫌!の方
お戻りいただけたほうが幸せです。





 眠っているところを、誰かに撫でられた。
 頭、首、背中。感覚だけが起きていて、身体はひどく重たくて目も開けられないし身体を動かすこともできない。隣で寝ている人の体温はまだあるから、また別の誰かなのだろうと思う。


「アオリ、起きてる?」


 声をかけられて、反応もできない。まだまだ寝たかった。
 すると小さく息を吐く音。


「おやすみ」


 再び頭を撫でられて、部屋を出て行ったあとに玄関が開いて閉まる音がした。仕事に行ったのかもしれない。眠りかけの頭でそれが誰か考えた。
 ああ、ジエだ。
 ぱっと浮かばないくらい眠たいみたいだ。

 眠ったのは午前三時、完全に目を覚ましたのは午前八時だった。
 完全に遅刻だ。
 素っ裸で起き上がり、伸びる。背中や、腕や、いろいろなところがよく伸びる。大きく息を吸って吐いて、それだけでずいぶんすっきりした。


「……もう朝?」


 太腿へ頭が乗る。
 隣で寝ていた男のもの。金色に染まった髪を撫で、そうだよ、と答える。動きたくないと呟きながらじたばたする。足がシーツを蹴った。均整の取れた身体が露わになり、背中に彫られた刺青が蠢いた。頭は獣、身体はたくましい人間の神様らしい。手に大きな刃物を持ち、尻の辺りにある足は鬼を踏みつけている。


「佐伯さん、仕事でしょ」
「仕事だけど、やだ」
「やだじゃないよ。アオリのために稼いできて」
「……そう言われるとやらざるを得ない……」


 床に足を下ろし、立ち上がる。ぬっと背が高く、かなり見上げなければ顔が見えない。長身、たくましい身体で西洋の神話にでも出てきそうな佐伯さん。佐伯ダニエル正吾という名前で、どこかとの混血らしい。
 下着を拾い、クロゼットを開けて服を選ぶ。俺は床に落ちていた服を拾って、身体に羽織った。佐伯さんのものだから相当大きい。スカートみたいだ。


「魅力的な恰好」


 廊下に出るとそんな声が聞こえた。すぐに抱きしめられてちゅっとキス。乾いた唇に重なったのは柔らかなもので、目を開けると朝の湖のような瞳が見えた。まっすぐな黒髪をショートカットにしていて、軽く後ろに流している。すでに出勤の準備を終えたらしく、ネクタイを締めた青いシャツに黒のスラックス。眼鏡も仕事用の黒縁眼鏡になっている。


「峰くん、おはよう」
「うん、おはよう明織理。昨日は佐伯と盛り上がってたね」
「うん」
「今夜は僕とも盛り上がってね」
「なんかおやじっぽい」
「歳だから」


 そう言う峰くん、峰風雅は苦笑い。笑うと目尻に皺が寄る。それが好きで、指で辿った。


「あ、フーガおはよ」
「おはようサエ」


 寝室から出てきた佐伯さん、俺の上から腕を回して峰くんを抱きしめキスをする。峰くんの素敵なとこのひとつである唇を堪能するみたいにもぐもぐして、離れる。


「フーガのシャツ姿はいつもえっち」
「サエほどじゃないけど」


 白いシャツを胸元まで開けた佐伯さん。そこからいかにも立派な筋肉が覗いている。下は同じようなグレーの細身のスラックス、赤いソックス。
 耳のあたりを撫でられた峰くんは子どもみたいに笑って、もう一度佐伯さんとキスをした。


「今日遅くなるから、ジエとフーガと飯食ってな」


 身支度を終え、牛乳だけを飲んだ佐伯さんがダイニングテーブルでトーストを齧る俺の頭を撫で撫で言った。峰くんは、迎えが必要なら鳴らして、と携帯電話を振る。


「行ってきます」


 俺と峰くんと、きちんとキスをして玄関から出ていった。普通の仕事じゃないらしいけれど、生活ができればなんでもいい。
 一方の峰くんは経済新聞を見ながら電話を始めた。どこの国のものかわからない言葉を使い、なにやら眉間へ皺を寄せて話している。こちらをちらり、すると笑ってくれて、それだけで何も気にならなくなる。
 ゆっくり支度をして制服のジャケットを羽織る。ネクタイができなくて峰くんにやってもらった。


「行こうか」
「うん」


 車の助手席に乗って登校。正しい時間はとっくに過ぎている。だから誰もいなくて、俺はのんびりと職員室で注意を受けた。
 ぷかぷか、浮いている。
 学校というところは何しろ居心地が悪い。仲がいいのか悪いのかわからないような周りとか、自分が正しいと思っていることを滔々と話す大人とか。
 ただ生きていくだけで、なんでそんなに大変そうなんだろう。思うのは俺が、好きな人に好かれて愛され守られているからなんだろう。

 授業は真面目に聞いていたら、かばんから机にバイブレーションが伝わった。小さな羽音みたいなもの。取り出して確認する。ポップアップウィンドウに『ジエ』という名前と『帰り何時?』という表示があった。
 いつも通り
 返すとすぐに返事が来る。


『待ってる』


 やさしいジエが大好きだ。仕事が終わるの、もっと早いのに待っていてくれる。だから学校が終わるとすぐに飛び出して、いつも待っていてくれるお店に急いだ。
 なんの変哲もない四つ角一角の駄菓子屋。中にある椅子に座り、飴を食べながらぼんやりしている藍色の作業着姿の男の人。足元には猫が寝ている。
 色の抜けたような白い肌、淡い緑のマッシュルームみたいな髪で、目は灰色がかった色合い。きれいな顔を隠すみたいに俯いている。中山潔。潔、と書いて、ジエ、というのは異国の読み方らしい。


「ジエ」


 声を掛けると腕が伸びて、大事に胸へ仕舞われた。髪に頬を寄せ、首を抱く。


「仕事お疲れさま」
「うん。明織理も」
「アオリは、ただ座ってるだけだから」
「うん」


 駄菓子を幾つか選んで買って、食べながら片手はジエと繋ぐ。交差点に差し掛かって青に変わるのを待ちながら、ぱちぱちする綿飴を少しずつ口に入れた。


「あああぱちぱちする」
「明織理、それ好きだね」
「うん。ぱちぱち癖になるああ」
「楽しそう」


 薄い笑みが浮かぶと嬉しくなる。ジエは無表情が多いから。差し出すとはくりと噛み付いて、小さな声でやっぱり母音を発した。
 夕焼けの道をゆっくり歩く。
 途中、峰くんからジエに電話があった。どうやら何かお使いらしい。道を曲がってスーパーへ寄る。カートを押すのは俺で、ジエは画面を見ながらかごに入れた。


「今日のご飯はシチューかな」
「なんで?」
「ブロッコリーとにんじん」
「ばらばらに料理するかもよ」
「うーん」


 学校では何も話したくないのに、ジエや峰くんや佐伯さんとはどんな小さな話題でも出したくなる。話しかけるのも俺からが多い。不思議だ。

 がさがさいう、俺のかばんという名のエコバッグを持ったジエと手をつないでマンションに帰り着き、エレベーターに乗る。
 閉まりかけて、俺は開くボタンを押した。
 走ってくる峰くんが見えたからだ。すっかり暗くなった外から、上着を腕にかけてばたばたとエントランスに走り込んできた。


「助かりました」


 息の整わない青い背中を、白い手が優しく撫でる。俺は手を伸ばしてネクタイを緩めてあげた。締めることはできないけど、緩めるのは得意。解くのも、縛るのも。
 八階で降りて、真ん中あたりの赤いドアへ鍵を差し込み数字キーを叩く。その間に後ろからジエの悩ましい声が聞こえた。どうやら峰くんにお帰りのキスをされているらしかった。

 ドアを開けると荷物のあるジエが先に中へ。その後に続こうとしたら肩を掴まれ、朝と同じ感触の唇が口を塞いだ。ちゅ、ちゅ、吸われて舌が絡む。


「お帰りなさい、ただいま」
「ただいま、お帰り」


 まるで何もなかったように涼しい顔の峰くんは俺の頭を撫でて唇も指先でなぞった。微かにたばこの香り。口や身体からはしないのに。


「今日のご飯は」
「シチュー」
「野菜炒め」
「どちらも不正解」


 ブロッコリーはにんにくともやしを炒めたものに、にんじんはだいこんと豆腐の味噌汁にそれぞれ変身した。
 ジエの隣に座り、向かいには峰くん。ジエの向かい、峰くんの隣は空席だ。佐伯さん。


「ジエ、肘つかない」


 峰くんの、優しいけれど厳しい声に肘を引っ込めるジエ。箸を動かしながら上目遣いに伺う。


「風雅さん」


 ジエのぱりっとした低音が、珍しく名前を呼んだ。


「なに?」
「今日、俺と寝よ」
「残念でした。今日はそちらの明織理くんと約束が」
「アオリは別にいいよ、峰くんとジエの三人でも」


 すす、と味噌汁を飲む。


「風雅さん次第」
「明日朝から会議あるからなぁ」


 困ったような顔。
 でもジエがくりくり目で押して押して、首を縦に振らせた。

 シャワーを浴びる峰くんの背中に絡みつくジエ。おしりに指を入れて首筋に噛みつきながら嬉しそう。峰くんは色っぽい声を漏らして喘いでかわいい。お手伝いに峰くんの性器を銜える。シャワーが邪魔だったから浴槽の方に向けた。雨の音みたいだ。


「風雅さん、中気持ちいい?」
「ん、うん、すごく……いい」


 壁に腕をついて頬を寄せて、口淫にふける俺の頭を片手で撫でる。たくさん撫でてもらえて嬉しい。
 身体を洗いっこして、俺もジエと峰くんにちょっとだけ触ってもらって、身体を拭いて歯を磨いて三人でジエの部屋へ。
 正常位で突かれる峰くん。
 その顔に跨がった俺のあられもない場所が舌で散々舐られる。気持ちよくて背を反らすとそのタイミングでジエの笑い声がした。


「かわいい」


 どっちのことなのかわからないけれど、峰さんでも俺でも嬉しいからどちらでもいい。
 ジエがいって、俺が峰さんの硬いままのそれを飲み込んだ。騎乗位。口ではジエのをおそうじ。淫らな味がする、達してもなお大きなそれを丁寧に喉奥へ含む。


「ダニエルがいたら、胸も遊んで貰えるのにね」


 ジエのことばに、性器を口から抜き出して見上げる。


「そしたら、ジエのおしりが痛くなるよ。佐伯さんの、おっきいから」
「最近明織理のおしりに夢中だから大丈夫だよ」
「そうかな、たまには別のも味わいたい、でしょ」


 峰さんの言葉に俺が頷く。ジエはそうかなぁ、と呟いた。
 思うがままに交わり、三人寄り添って眠る。

 深夜に帰ってきたらしい佐伯さんは結局ジエを抱いて、目が覚めた俺はそれを見ていた。さすがに混ざる元気はなかった。峰くんは俺を抱いて熟睡。あどけないような寝顔が可愛い。
 喘ぐジエの口にキスをした佐伯さんはとても愛しげな顔で、ジエはとても気持ち良さそうに目を細めていた。昨晩の俺と同じだ。佐伯さんはたくさん愛してるよと囁いてくれるから心から気持ちよくなる。


「明織理もする?」


 ぐったりしたジエを抱きしめて尋ねてくる。
 首を横に振ると、笑って額に唇を触れさせた。


「ジエ、おしり痛い?」
「痛くない……最高に気持ちいい」


 うっとり顔が可愛くてキスをする。しているうちになんだかむらむらしてきたけれど、時計を見て冷静になった。寝なければ。

 事情を知った人からは乱れてる、とか、いやらしい、とか言われるし、ひとりに絞らないのはおかしいと思う人もいるらしい。
 でも、俺は三人とも好きだし、三人に恋している。三人もそうだろう。みんな恋人で、愛し愛されて幸せだ。でかけたり、ご飯を食べたり、話をしたり、眠ったり。共有できるのが嬉しく、楽しい。
 誰に何を言われても、これが安定する形なのだから、やめない。やめるものでも、きっとない。


「明織理、朝だよ」


 峰くんに優しく起こされ、ジエに抱きついたままいやいやと首を横に振る。すると今朝は目覚めの良かったらしい佐伯さんに抱っこされて半ば強制的にリビングへ連れて行かれた。


「今日の占い見ような」


 覚め切らない耳に、アナウンサーの声。
 一位は俺で、たくさんの愛情に囲まれる、と言っていた。
 当たり前のことを。





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