小説 | ナノ

性行為恐怖の男の子 5


七尾 圭(ななお けい)
名沖 悟志(なおき さとし)





 水槽とは思えないような大きさ、広さ。足元から遥か上の天井へと達するほどの高さと、向こうが伺えないほどの奥行きがある。その中を悠々と泳ぐ様々な海洋生物。大きなものから小さなものまでたくさんいて、上から入る自然光を遮るほどのものもいる。
 名沖は中でも、大きな前脚で水を掻いて優雅に泳ぐ海亀に惹かれたようだった。青く薄暗い水槽の前に飽きもせず立ったままその姿を見つめている。その隣には七尾。同じように首を逸らしたり戻したり、亀の動きに沿って動いている。


「すごいね」
「うん。甲羅がハートみたいでかわいい」
「そうだね」


 名沖から少し離れて海亀についての掲示を読んでみると、時々考えられないようなスピードで泳ぐこともある、と書いてあった。七尾は水槽へと目を戻す。あのようにゆっくりしているのは、この場所に危険がないと知っているからなのだろうか。
 他の生き物についての案内を読んでいたら、手に小さな温かさを感じた。見ると、名沖がいつの間にか隣に立っていた。


「海亀、もういいの?」
「うん。かわいかった」
「そっか。じゃ、次行こうね」


 頷く名沖。手を繋いだままで連れ立って、水槽の隣を歩く。小さな魚がついてくるような動きを見せたのを見つけて名沖は微笑んだ。七尾はそれを見て笑う。

 今日は名沖は試験休みで、先日土曜日日曜日続けて学校に行ったのでその振り替え休日が平日の今日明日なのである。七尾はそれに合わせて休みを取って、この水族館へとやってきた。生き物の数、広さ、設備の良さで群を抜いている、まだ新しい水族館だ。
 いくつものブースに分かれていて、様々な海洋の様子が再現されている。
 鮫を見たりペンギンを見たり、少々不気味な深海魚を見たり、ヒトデがぬるぬる動くのを見たり、くらげのふよふよした動きを見たり。名沖は目を輝かせてどれも楽しんでいた。


「少し休もうか」


 広い館内はどこも楽しくて名沖は先に行きたがったが、休ませなければならない。以前もこの調子で動物園を歩き回った結果、帰る頃には熱を出してぐったりしていた。そのときよりも体力がついたとは言え、無理はよくない。

 海に面したカフェテラスで、名沖に飲み物を飲ませたり少し食べさせたり。七尾はオーダーしたコーヒーを飲む。海の傍だからか風が少々冷たく、昼間の今はいいが夕方はきっと寒くなるだろう。風邪を引いたりしないだろうか。ストローを弄びながら考えている七尾の顔を、名沖はじっと見つめた。

 濃い顔だちはやはり、いつ見ても何度見ても素敵でどきどき。大人で優しくて、いつも愛してくれていることをよくわかっている。 何かお返しを、少しでもいいからできないだろうか。
 考えて、名沖は、トイレ、と言って席を立った。
 館内へ入ってトイレ前を横切り、急いでショップを目指す。確かこのテラスへ来るまでに大きなところがあった。角を曲がるとやはりあって、他の薄暗さとは異なりとても明るい。目移りしてしまうようなかわいい生き物達のぬいぐるみにとても惹かれたけれど、今はそれではないのだと色々忙しく見て回る。
 何か、七尾が使えそうなものはないだろうか。 動物好きだからぬいぐるみでもいいのだけれど、せっかくだから傍に置いて欲しい。
 考えて考えて、これが一番ではないかと、手に取った。


「お待たせしました」


 妙にぜえぜえしている名沖に、七尾は心配そうに太い眉を寄せて表情を曇らせる。しかし名沖は慌てて手を振った。


「ちが、あの、発作とか、じゃなくて」
「でも」


 手を伸ばしてきたのを掴み、本当に大丈夫、と、座ってうつむき息を整える。こんな風に忙しく動くことはあまりなくて、体力のなさが恨めしい。はふはふしながら名沖は反対側の手を斜めがけのかばんに入れ、取り出したものをテーブルに置いた。


「あの、これ、先生、いつもありがとう」
「え、俺に?」
「今買ってきた。先生がしてくれることに比べたら小さいけど、いつも、すごく感謝してる」


 はああ、と息を吐く。ようやく整った。顔を上げると、七尾が驚いた表情で細長い包みを開けていた。


「ボールペン?」
「うん。万年筆とかいろいろあったんだけど、ボールペンならいつも持ってると思って、傍に、置いてほしくて」


 海亀がついたボールペンは、ポケットに挿すとちょうどハート型の甲羅が外に出る。意外とリアルな造作で撫でるとごつごつしており、七尾は笑った。名沖らしい。


「ありがとう。とっても嬉しい」


 七尾の笑顔が好きで、でも恥ずかしくてまたうつむく。繋いだままの手が熱くなるからきっと伝わってしまうだろうと思っていたら、ぎゅうと強く握り締められた。


「大事にするね」
「たくさん使って。なくなったら、また新しいの、どこかで買う。先生と一緒に」
「うん」


 嬉しそうな声を聞き、急いでよかった、と名沖は思った。水族館に来られたこと、七尾に小さなお返しをできたこと、どちらも同じくらい嬉しく満足だ。
 他の場所を見て回って、帰りがけに七尾は海亀ぬいぐるみを買った。またソファの住人が一体増えたわけだ。名沖はうれしそうに膝に置いてそれを見ていたけれど、車が走り出すとすぐに眠ってしまった。

 名沖は信号で止まったときに、その身体にブランケットをかけてあげた。ついでに熱が出ていないかチェックする。よし、大丈夫。前髪の辺りを厚い手で撫で、身をかがめてそっとキスをした。

 それを見ていたのは、海亀ぬいぐるみの黒いつぶらな瞳のみ。七尾はちょんちょんとその小さな頭も撫でて、再びハンドルを握った。





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