小説 | ナノ

アルバイトについて 2


 

鞠宮 雨生(まりみや うき)
鞠宮 俊寿(まりみや としひさ)





 音をたてながら降りしきる雨。
 薄暗い空気に響く巨人の声。


「うきー? うーちゃーん」


 俊寿の勤務先である病院からほど近い一軒家。さほど広くない家の中で名前を呼びながらきょろきょろ。アルバイトも大学も休みのはずなのに、雨生の姿が見えない。
 外は雨で出掛けるには不向きな天気。そもそもそんな予定も聞いていない。二階へ上がり、四つある部屋全て見た。が、やはりいない。
 首を傾げ、居間へまた降りた。
 するとソファの上に平然と座っている探し人。片手に湯気の立つマグカップを持っている。その隣へ座ると、雨生がにこにこと見上げてきた。


「……どこにいたんです?」


 ふわふわの髪を撫でながら聞く。天然パーマかつもともと色素の薄い髪は、一度も染めたことがないとあって柔らかく触り心地が良い。
 目を細めた雨生は、俊寿にカップを渡した。


「キッチンにいましたよ」
「えー」


 それなら気付いたはずですが、と言うと、いたずらっぽい笑顔になって広い背中に触れる。


「最初だけですけどね。それからは先生が気づかないのが面白くて、ずっと後ろにくっついて回っていました」
「ああ、なるほど」


 俊寿が立ち上がれば、雨生はほとんど視界に入らない。まっすぐ前ばかり見ていればなおさらだ。普段から雨生が後ろにいて振り返っても一瞬わからなかったりする。その長身ゆえに「巨人」などと職場で呼ばれたりするのであるが。
 一方の雨生は小柄な方。視界に入らないのも当たり前といえば当たり前である。


「なんで先生はぼくを探していたんですか」
「いえ? 別に用はないんです。姿が見えないなぁと、ただそれだけで」
「……そうですか」


 身体を横に倒し、俊寿の膝へ頭を乗せる。撫でられて大きな手のひらが心地よい。
 雨の音が遠くから聞こえる家の中はなんだか切り取られたような空間だ。果てのような気さえする。けれど怖くはなく、居心地が良くてたまらない。

 このまま、二人きりになればいいのに。

 心の中だけにしたつもりがしっかり口に出ていたようだ。高いところから小さな笑い声。


「だめ?」
「いえ、いいんじゃないですか。でもあなたがいなくなったら寂しがる人もたくさんいますよ」
「うーん……そっか」
「ええ」
「先生は大人だね」
「本当の意味で大人だったらこんな子どもに手を出したりしませんよ」


 頬をふにふに、いたずらにいじる指先。かさかさしているのは処置用の薄い手袋で荒れるから。横にしていた身体を仰向けにした。右手を伸ばしたら大きな左手に掴まれた。
 それぞれの薬指に同じ指輪が鈍く光る。
 苗字が同じになった日に、俊寿が雨生へ送ったもの。あの日も朝から雨で、しかし昼過ぎには止んでいた。手続きを終えて出てきたときにはきれいな虹が掛かっていたのを覚えている。


「今日で、三年目ですね。ぼくが鞠宮になって」
「あっという間に三年過ぎちゃいましたねえ。浮気の時期ですよ」
「先生は隠すのが上手だから、きっと気づかないですね、ぼく」


 笑う雨生は、浮気など微塵も心配していないように見える。が、隠すのがうまいのはむしろこの子どもの方で。俊寿は少し困ったように笑った。
 きっと、本当は心配している。けれど口にしない。


「うーちゃん」


 昔から変わらない呼び方。出会った頃は今よりずっと小さな子どもだった。長い治療を経てようやくここまできた青年は、驚くほど我慢強く優しい。愚かなほどに。今も昔も不安を口にしないところも変わらない。心配をして、それを見せないようにしている俊寿。お互いにお互いへ、隠したままの気持ちで思いあっている。


「四六時中愛情不足のあなたの相手をしているのですから、他所に回してやれるような好意も愛情もありません」


 頬を引っ張ると柔らかく伸びる。言葉を聞いてふにゃりと笑った雨生は可愛い。


「今日は雨ですが、どこか行きますか。せっかくの日ですし」
「パン屋さん行きたいです。おいしいチーズパン食べたい!」
「ついでにいい肉でも買って、あなたの好きなシチューでも作りましょうか。一緒に?」


 市販のルーを使わずに作る少し甘いシチューは雨生のお気に入りだ。三年前にも夜に食べた。さりげない提案は、どうやら喜ばれたようだ。雨生もしっかり覚えているらしい。


「うん!」


 上着を着て出掛ける。
 先に車の助手席に乗り込んだ雨生は、ダッシュボードからはみ出している白いものに気付いた。首を傾げて開けてみる。
 それは、カードの端だった。見慣れた字で「三年目、ありがとう」と書いてある。その奥には深い青色の細長い箱。三年前にもらった指輪と同じ色の箱だ。
 開けてみると華奢なブレスレットが収まっていた。シルバーゴールドと青、赤などのカラーシルクが織り合わされてできているシンプルなデザイン。派手ではないところが俊寿らしい。
 早速つけてみると、もともとつけていたレザーのブレスレットの隣にいても不自然ではない。服にも響かず、なかなか優秀だ。
 仕事上、不在であることが多いが、誕生日やクリスマスなどの行事には必ずプレゼントと愛の言葉をくれる。


「もう見つかってしまいましたか」


 運転席に乗りこんだ俊寿は、わかりやすすぎましたね、と言った。それから雨生の腕にしっくり馴染んだブレスレットを見、満足そうに頷く。


「でも、他のプレゼントはまだ見つかっていないようですね」
「え?」
「去年は一緒にいられませんでしたからね。今年は頑張りましたよ」
 

 ニヤリと笑ってエンジンを掛ける。雨生は忙しなく視線を動かした。車内の異常を探すのに必死だ。
 可愛い様子を見て、ますます満足そうな顔の俊寿。柔らかな雨の中、車を発進させた。


「家に帰るまでに見つけられなかったら没収です」
「やだ! がんばります」
 




各ページのトップへ戻る場合は下記よりどうぞです
||||||
|||10|11|12|13

-----
拍手
誤字報告所
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -