小説 | ナノ

ピアノと喜びちゃん 5


コンスタンティン
喜代(きよ)





 コンスタンティンはいつも楽しそうにピアノを弾いているが、たまに一切弾かなくなるときがある。レッスンだけを行い、自分では鍵盤に触らない。そういうときは明るく華やいだ雰囲気も失われ、まるで別人のように静かだ。朝から晩までぼんやりと本を読んだり映画を観たり、音楽を聴いているだけ。

 喜代が目を覚ますと、こちらに背を向ける形で設置されたソファに金髪が見えた。小さな音で鳴っているのはどこか寂しげな、聞きなれない音楽。もそもそ起き出し、寝癖で髪がぼさぼさなままでコンスタンティンの隣に座る。


「おはよう、喜びチャン」


 コンスタンティンはピンクの髪にちゅっとキスをして、大きな手で髪を撫でる。笑いかける顔にはやはり覇気がない、と喜代は気付いていた。なんと言葉をかけたらいいかわからない。喜代がひそかに悩んでいるその間もぴょこぴょこ跳ねた毛を手櫛で梳いていたコンスタンティン。しかし直らず、一度立ち上がってしっかりした櫛を持って戻ってきた。後ろに立って毛先から丁寧に髪を梳く。根元まできれいに染まっているのがよく見えた。


「よくネムレタね」
「うん。気持ちよかった」


 昨日の夜は肌寒いくらいだったがお風呂から上がって髪を乾かした喜代はすぐに布団にもぐりこみ、それが良かったのかすぐにすやすや眠りについた。喜代はきょろりと目を動かし、首をそらしてコンスタンティンを見上げる。やっぱり元気がない。


「こすちゃ、昨日の夜、寝てないよね?」


 コンスタンティンは驚いたように目を見開き、苦笑してひょいと肩をすくめる。身をかがめて鼻先にキスをすると、喜代の隣へ腰を下ろした。


「……ネムレナくて。最近、ピアノがヒケナイから」
「うん」
「ときどきアル。喜びチャンももうシッテルとオモウけど、全然ピアノがヒケナクなる、毎回コワい。もう演奏がデキなくなるじゃないかって、オモウ」
「うん」
「ヒイテも、ヒイテも、チガウ。コレじゃナイ、アレじゃナイ。ドウヒイテた? ナニ、ワカンナイ」
「……」


 いかにも悩みが詰まった吐息を深く深く吐く。こうして弾けない時を何度か見てきたが、心の中を吐露するのを初めて聞いた。喜代の手が、近くにあったコンスタンティンの手を上から握る。藍色の目でじいっと見上げる。白い肌にぱらぱらとあるそばかす、何か言いたげな唇。空いた手で頬を撫でると、目を細めた。


「……こすちゃの音、好き、だし……昨日の夜の布団……だから、」


 言葉を重ねるごとに、表現が離れていくのか困ったように眉を寄せる。喜代の様子に、コンスタンティンは微笑んだ。弾けない恐怖が薄れたわけでもなんでもないが、一生懸命慰めようとしてくれている存在がそばにあるだけありがたい。ただじっと身を潜めて待つよりも、誰かに話して、考えながら弾きたいと思う時期を待つほうがずっといい。――自分の考えではあるが。

 人差し指の先で、喜代の唇をつつく。


「ありがとう、喜びチャン。やっぱり喜びチャンは、ワタシにたくさんの喜びをクレる」
「?」
「ひとりじゃなくてヨカッタ」


 片膝をソファの上にあげ、喜代を抱き寄せてもふっとした髪に頬を摺り寄せる。あたたかな髪、シャンプーの香り。抱きしめられた喜代は、目の前にある腕にちゅっちゅとキスをした。早くまた、コンスタンティンの演奏が聞けるように願いと応援の気持ちを込めて。


「ワタシはヒカナイ。でも、喜びチャンはヒク。午後はレッスン」
「はーい」
「まずゴハン」


 よいしょと立ち上がったコンスタンティンが、キッチンのほうへと歩いていく。喜代はとっとこ、そのあとを追いかけた。


「喜びチャンズボン穿いて」
「パンツは穿いてる」
「うーん……」
「パンツ見る?」
「見せなくてイイ!」





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