小説 | ナノ

きつね先輩とりんごちゃん


 
きつね先輩
りんごちゃん

うっすらいじめられ描写あります注意。





 最近ずうっと、喉の調子が悪い。教室に入ってからももやもやしている喉。気になって仕方ない。


「んっ、んん、」


 派手に咳をするのも、と、控えめに喉を鳴らすようにしていたら急に後ろからくいくいと襟のあたりを引っ張られて。
 何事かと振り向いたらそこにいたのは、いつも真面目な陸上部の山根くんではなく、眠そうなぽやんとした目の不良先輩だった。
 明るいオレンジ系茶色の髪をハーフアップに、しぱしぱ目を瞬かせ、だらしなく頬杖をついてとろんと笑う。身に着けているのは薄い青の高等部のワイシャツ。


「その声いーね」
「!?」
「咳払い、えっちくて欲情しちゃう」


 ふふふと笑った先輩。
 そもそも高等部の人がなんで中等部の教室にいるのか、山根くんはどこにいってしまったのか、そしてえっちくて欲情しちゃう、とは……?
 いろいろ、よくわからなくてなんの反応もできない。すると先輩はぼくのほっぺを指でつんつん、かわいい、と笑う。


「顔、かわいいね」
「……あの、」
「地声はえっちじゃないんだ」
「……よくわかんないです……」


 辛うじて絞り出したことば。するとぽやんとした目をますます細め、ぼくの頭を撫でた。


「またね、りんごちゃん」


 ぼくの机のすぐ脇にあるドアから出ていった先輩。ぐずぐずに着崩された制服、肘のあたりまでワイシャツの袖が捲りあげられていて、見える腕には肘にかけて大きな傷跡があった。縫った痕。痛そう。
 いくつもカラフルなブレスレットがついた手首、ズボンのポケットに突っ込んだ手。廊下には、他にもうひとり高等部の先輩が立っていた。「おおかみ」と呼ばれている先輩。肩より少し上くらいまで伸びた黒髪がきれいで顔も整っていて、中性的なような男性的なような、不思議な魅力を持つひと。中等部でも有名だ。
 ということは、今目の前を横切っていって、そのままおおかみ先輩の横に立って話をしているあのゆるやかな先輩が「きつね」先輩だろうか。おおかみ先輩と仲が良いっていう、あの?
 でもきつねより、日向にいるねこみたいだった。ふにゃふにゃしていて、ゆっくりしていて。

 気づけば教室内は静まり返っていた。ぼくはとても居心地が悪かった。


「さっきの人と知り合い?」


 話しかけられ、首を横に振る。どぎまぎ、心臓の音が嫌なふうに耳へ響く。ふぅンと答えたクラスメイト。以来、誰も話しかけてこなかった。いつものことだ。
 喉がまた、ちくちく痛む。皮膚をつまんで、痛みを消した。


「あー、えっちぃりんごちゃんだ」


 昼休み、あまり使われない西階段に座っていたら下から朝にいた先輩がやってきた。だるそうにゆっくり一段一段上がり、よっこらしょ、と隣へ。


「喉だいじょうぶ? なんか赤いよ」
「なんでも、ないです」


 ちくちくをごまかすためにつまむ。ちくちくするたびにつまむ。つまりクラスメイトから嫌なことをされるたびに、つまんだ。今はどうやら赤くなってしまっているらしい。
 学生服の襟のホックを留め、見えないようにする。先輩の視線を感じた。


「……りんごちゃんって」
「ん?」
「りんごちゃんって、なん、ですか?」
「お名前わかんないから。朝、机の上にりんご酢のパック置いてたし。自販の、あれ、好きなの?」


 理解と肯定を込め、こくりと頷く。ほぼ毎朝、靴箱近くの自販機でりんご酢を買ってから四階の教室まで上がる。喉にいいかと思って。
 教室では誰とも話さない日のほうが多い。でも、喉はちくちくする。
 気になって、気持ち悪くて、先輩から目を離して俯く。喉がごろごろする。ん、と控えめに、鼻からぬけるような咳をすると、先輩が「やっぱりそれ、いい」と言う。


「その声で抜ける」
「ぬけ、る?」
「あら、わかんないの? ここを」


 先輩の大きな手が、ぼくの、お股を擦る。
 顔を覗き込み、妖しく笑って。


「手ですると気持ちいいよ? 人にしてもらうと、もっといいけど……それが抜くってこと」
「知り、ません」
「教えてあげようか」


 顔が真っ赤になってしまう。ふるふる、慌てて首を横に振った。


「ざんねん」


 言いながら、手がもにもにと動いて飛び上がるくらいびっくりした。


「じゃあ、りんごちゃんの声浮かべながら寂しくやろうっと。もし気が向いたら電話かメールしてね」


 ひらりと膝に落とされたノートの切れ端。大雑把に書かれた数字とアルファベット。またね、と、ぼくの身体をぎゅってしてから降りていった。たん、たん、静かな足音が反響する。明るい色の髪がふわりと角に消えたあと、ぼくはなんだか寂しく思った。
 おっきな身体に、おっきな手、優しい声、かっこいい顔。思い浮かべるとどき、どき。

 きつねの先輩との出会いは、ぼくの中でとても大きなこと、だった。





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