性行為恐怖の男の子
名沖 悟志(なおき さとし)
七尾 圭(ななお けい)
*
恋人と過ごす一日は貴重で、幸せで、楽しい。けれどそれは昼間だけだ。夜になるととたんに不安が押し寄せる。
いつも忙しい七尾先生はめったに時間が取れない。医者なのだけど、やれあっちで講演会、症例検討会、急患、大学で講義……忙しすぎる。
でも、仕事をしている姿はかっこいい。だから待てる。
とは言え、今日一日ずっと隣にいられて嬉しかった。見た目はどちらかというとがっちりしていて顔も濃い目で、建築系か土木関係の人っぽい七尾先生。しっかりしているその腕はいつも安心をくれる。
昼はあちこち一緒に出歩いて、動物園でホワイトライオンのふわっふわのぬいぐるみをもらった。俺の上半身くらいある大きなもの。
日が暮れたら一緒に晩ごはんを食べ、自然な流れで自宅へ連れて行かれた。
広いベッドに座らされ、抱きしめられてキスをして、そこまでは好き。
けれど七尾先生が上を脱いで、そういう雰囲気になるととたんに身体が冷え切る。比喩ではなく、実際に指先から血の気が引いたように冷たくなるのだ。
顔色が明らかに悪くなったからだろう。太い眉を下げ、困ったように笑いながら頬を手で包み込んでくれる。手の甲をなでられて初めて、力いっぱい服を掴んでいたことに気づいた。
「冷たい」
言いながら、お風呂場へ行った。高校生にもなって人に服を脱がされるというのはちょっと恥ずかしい。
しかし七尾先生は手際よくどんどん脱ぎ脱がせてきて、一緒にお湯へ浸かる。
「寒くない寒くない」
おまじないのようにつぶやき、おれの指先を握ったりさすったり。
いつもこうなのがとても申し訳ない。
性的な行為の香りに気付くとどうしても熱を失い、なんともいえず悲しい気持ちになってしまう。
キスやハグやこうした軽い触れ合いならば問題ないのに、舐められるとか挿れられるとかなるともう過呼吸が起き、なんとかなだめても身体中が冷えた感覚になってしまってちっとも気持ちよくない。
おれ自身は七尾先生とセックスしたいという気持ちがあるから毎回試みてみる。
大体は挿入前にだめになり、挿入できても苦しくて寒くてだめだ。
最悪、過呼吸プラス悪寒で身体がガタガタと震えだしてしまう。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいし。これもあなたの特性だからいいんだよ」
七尾先生は笑ってくれて、一緒にやっていこうと言ってくれる。時々話し合い、先生は行為なしでいいのではないか、とも言う。だから強制はしない。おれの要望で自然にそういう雰囲気にしてくれるのに、必ずだめだ。
お湯の中で指をぐにぐに揉んだり足を擦ったりしながら、先生はおれを見て笑う。
「そんな顔しないで」
「でも、こんなんじゃ先生といつまで経っても、その、できないよね」
「焦らない焦らない、時間はいっぱいあるから。今はまず体温戻すことに集中しよ」
マッサージとお湯の温度とで、少しずつ戻ってきた。不思議なものでこうなるとたいてい腹も冷える。
七尾先生の大きな手がひたりと腹に触れ、顔がくしゃりと歪む。
「また下痢になるよ」
すりすりと手のひらが撫でる。実はこれが少し好きだ。柔らかな手は心地良い。
「寒くなーい、さむくなーい」
おれに言い聞かせるようにいい声で言う。
「怖くないこわくない」
七尾先生の片手はずっとおれの頬をなでている。
表情とか手つきとか全部で大切にしてくれていることがわかる。わかって、きゅうってなって、何とも言えない気持ちが湧き上がって、でも伝える言葉を持っていない。
だから、すべての気持ちを込めて口付けた。すると嬉しそうに笑ってくれる先生。
「だいぶ温まったね? 今日はこれだけ。また後日試みてみましょう」
先生らしい口調。うん、と頷くと、暗い顔するなと撫でられた。
「先生がすきだよ」
「ありがと。俺も、あなたが好きだよ」
*
各ページのトップへ戻る場合は下記よりどうぞです
1|2|3|4|5|6|7|8|9|10|11|12|13
-----
拍手
誤字報告所