小説 | ナノ

猫のきみ 3


 

リオ
サクラ





 忙しくペンを走らせるリオを見つめていたら膝の上へ掬い上げてくれた。頭を撫でられてとても気持ちがいい。大きな手は優しくていつも温か。
 膝の上がすっかり気に入りの場所になってしまった。落ち着く。
 首を伸ばしてリオを見上げる。
 しばらくは集中して書いていたけれど、やがて抱き上げられて机の上に乗せられた。目線が同じ。足元は紙のひんやりした感触で、なかなか新しい。


「お前の可愛い目に見つめられたら、我慢できなくなる」


 言いながらぼくの耳のあたりへ鼻を寄せ、すりすり。前はお腹とかによくやってくれたのに最近はしてくれない。ごろん、ってしても撫でるだけ。
 目の前の肌をぺろんと舐める。リオはいつもなんだか少し甘い気がする。今、外で静かに降っている雪みたいに白いからなんの味もしなさそうなのに。
 ぱちんと、小さな薪が音を鳴らした。丸い器の中で赤く光る火を持った、薪。いい匂い。


「サクラ、今日は雪だな」


 机のすぐ上にある障子が僅かに開けられる。白いかけらがひらひら。


「知ってるか。雪は神さまの涙なんだそうだ。神さまはいつもひとりで、寒くなるとますます悲しくなって泣いてしまうらしい」


 神さまはひとりなんだ。前の俺と同じ。
 にゃあ。
 うん。今はお前がいるからな。

 リオは嬉しそうに笑い、ぼくを抱っこする。
 着物の袷に入れてもらうととっても温かくて、さっきの火よりよっぽど魅力的だった。顔だけ出すと顎のあたりを指先で撫でられる。
 そうしながらリオはまたペンを持ち、紙を埋める。ぼくはうとうと。


「終わったら、ご飯」


 返事の代わりに、にゃあ、と鳴く。

 リオと一緒の暮らしは安心するだけじゃなくて、とっても心地良い。ときどきとっても熱くなる。リオがお風呂から出てきたときとか、人型のぼくを抱きしめてくれるときとか、笑いかけられたときとか。

 初めてで困る。これはなんだろう?
 リオも感じるのかなあ。
 リオ。
 聞こう聞こうと思いながらぼくは目を閉じたまま動けない。ああ、寝ちゃう。


「サクラ、寝るのか」
「みゅー」
「お前は可愛いな、本当に」


 懐に入ったままサクラは寝てしまったらしい。すぴすぴ、小さな黒猫から寝息が聞こえる。

 獣人とは人とも動物とも異なる存在。
 通常、人型でいることを好むと聞いていたが、サクラは基本子猫姿のままだ。過去のいろいろが影響しているのだろう。

 人型も小柄な少年のようでとても愛らしい。夜眠るときはときどき人型になってくれる。抱きしめると温かいけれど、よく微妙な顔をしているので、もしかしたら嫌なのかもしれない。
 前は風呂にも着いてきたのに最近はすぐ逃げてしまう。風呂上がりしばらくは遠くから見ていたりして、なにか嫌な匂いでもするのかといろいろ変えてみたが効果なし。
 どうしたのか。

 眠るサクラは心配事などなにもなさそうな顔をしている。けれど本当はどうなのだろうか。できるかぎり自由に、楽しく暮らして欲しいのだけれど。

 眉間の皺などつゆしらず、可愛い黒猫はすぴすぴ眠る。





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