小説 | ナノ

荒倉さんち


 
末っ子 真白(ましろ)
長男 紅士(こうし)
次男 青侍(せいじ)
三男 黄(こう)
四男 緑(ろく)
父親 景織(かげおり)





 ぴろぴろ、電子音が鳴る。
 手を伸ばして止めて、戻す。あったかなお布団の中、天国みたい。お休みの朝くらいは二度寝したい。思いながらおれは、このぬくぬくの発生源の背中へきゅっとしがみついた。黒いTシャツへ顔を埋めて息をする。いいにおい。あったかいにおい。


「シロちゃん、おきた……?」


 眠そうにぽわぽわした声が聞こえた。ふるりと首を横に振る。するとせなかがころんと返り、胸が現れた。首のあたりへ差し込まれた白い腕にはいくつかの傷跡と色鮮やかな刺青。見上げると柔らかく笑って抱きしめてくれる。


「まだねよーね」


 頷き、まもなくゆらゆら眠りへ落ちた。


 結局目を覚ましたのはそれから一時間後。先ほどと違ってすっきり目覚め、まだすうすうしているお兄ちゃんを再び見上げる。
 襟足長めの青い髪に猫みたいな目をしていて睫毛長め、鼻は高い。唇はぷっくりしている。きれいというよりは可愛らしいような顔つき。
 青侍さんはお兄ちゃんと呼ばれるのが好きなようだからそうしている。弟からは呼ばれないと言っていたから試しに呼んでみたら嬉しそうで、可愛かった。
 胸へ顔を埋める。ふんふんと嗅いで、とても落ち着いた。もう一度寝てしまおうか、起きようか。
 迷っていると、背後でドアが開く音がした。


「まだ寝てんのか」


 ぱっきりと低い声が、呟く。大きな手のひらが頭を撫でてくれて気持ちがよくて、首をひねって後ろを見たら少し驚いたみたいに手が浮いた。


「おはよう、緑ちゃん」
「起きてたのか」
「うん、さっき」


 おはよう、と返して両手をベッドへ突いて身を屈め、額にキスをしてくれる。真っ黒髪は少し長め、肩につくかつかないか。二重の大きな目は少しつり気味、見ようによってはきれいだけれど冷たい顔立ちをしていて、他のお兄ちゃんより少し小柄。それでもおれよりは随分背が高いのだけど。
 お兄ちゃんを見て、緑ちゃんは首を傾げた。


「青侍、まだ寝てるんだな」
「うん。さっきちょっと起きたんだけど……」
「シロは? まだ寝るか」
「どうしよっかなあ……」


 開いたドアからパンやコーヒーの匂いがしてきた。その匂いにお腹が鳴る。ぐう、と間の抜けた音はどうやら緑ちゃんにも聞こえたようだ。ふっと微笑って、おれの髪をぐしゃぐしゃ撫でまわした。


「飯、食う? 紅士が準備してる」
「……たべる」


 抱き起こされたと思ったら、腕に抱え上げられた。おひめさまだっこ。じたばたもがいたけど、緑ちゃんの腕からは逃げることができなかった。パジャマのまま、リビングへ運ばれた。
 古めかしい洋間、家具もいかにも年季が入った様子。おれがこの家で暮らすようになってまだ五年も経っていないけど、この家具たちも家も、もう百年近くここにあるそうだ。見た目は洋風と和風とが半々くらいの折衷のお家、昔はこれがはやりだったらしい。家の中も和室と洋間とどちらもある。家具も。
 歴史のあるこの「荒倉」のお家に来たのは偶然だった。おかあさんが病気でいなくなって、おとうさんがあたらしく結婚した人がこのお家の影織さんという人だったのだ。突然できた新しいおとうさんとお兄ちゃん四人。まだ十四歳のおれからするとずっと大人のお兄ちゃんたち。いつも優しくおれのことを構ってくれる。


「おはよう真白、良く眠れた?」


 抱っこされたまま着いたリビング、キッチンにいた紅士くんが出てきて額にちゅっとする。背が高くてしゅっとしていて、短い真っ赤な髪がとてもよく似合っている。ちょっと怖い顔だけど笑うと可愛い、とてもいいお兄ちゃんだ。優しくて料理がうまい。今日も耳や顔にたくさんのピアスをしていて、きらきら光っていた。


「おはよう、紅士くん。よくねられたよ」
「そうか。それはよかった。青侍が布団に入って行ったから寒くなかったかと思って」
「ううん、あったかかった」
「今日は俺と寝ような」


 緑ちゃんが言うと、紅士くんがじろりとにらんだ。


「たまにはひとりで寝かせてやれよ。真白、落ち着かないだろ」
「シロ、俺と寝るの嫌か」
「ううん」
「そうやって聞かれたら、ううん、しか言えないだろ」
「シロ、顔洗いに行こうなー」


 紅士くんを無視して洗面台へ向かう緑ちゃん。「自分で歩く」と言っても「床が冷たいからダメだ」と返されてしまった。床の冷たさくらいなんともないのに。

 リビングから出て家の奥へ。左側の庭は今日もきれいに整えられていて、朝日の中で露がきらきら、枯れ葉の上に輝いている。もうすぐ霜が下りるだろう季節だ。


「庭、きれいだね」
「ん? あー、ほんとだ。紅葉がなくなると少し寂しいけどな」


 少しの間立ち止まり、再び足が進む。庭から遠ざかり、洗面所の前へ来ると扉が開いていた。中から水音がする。


「おはよう真白、いい朝だね」
「うん、おはよう黄兄ちゃん」
「今日もかわいい、真白」


 顔を拭きながらのんびり笑う黄兄ちゃん。兄弟の中で一番背が高く、一番整った顔をしている。生きて動いていることが不思議に思うような整い方で、ちょっと怖いくらいだ。目を伏せると睫毛が頬に影を作り、波を打つ黒髪がふわふわ、頬へ掛かる。
 緑ちゃんの腕からさらりとおれを奪い取り、顔を洗おうね、と、洗面台の前へ下ろした。ふわふわのタオル地マットが足に優しい。温い水で顔を洗って、すぐに差し出されたタオルで顔を拭う。と、指がクリームを塗り塗りしてきた。目を開けるとしゃがんでいたのは黄兄ちゃん。片手に容器、片手でおれの顔に塗る。


「目ぇ閉じててね」
「あ、うん」


 瞼などにも丁寧に塗られて、顔がちょっとだけあったかくなる。


「真白の肌はつるつるもっちもちだねえ。若いねえ」
「まだ子どもだもん」
「でもすぐ乾燥しちゃうから気をつけないと」
「うん」


 開けていいよ、と言われて目を開ける。黄兄ちゃんの後ろに立っている緑ちゃんはとても嫌そうな顔をしていた。


「あれ、緑、まだいたの。先に戻ってていいのに」
「黄とふたりっきりになんかしたら、シロが汚されるからな。見張り」
「それは緑でしょ」
「は?」


 にこにこしている黄兄ちゃんと、舌打ちをする緑ちゃん。戻るときには黄兄ちゃんに抱っこされた。やはり、床が冷たいからという理由で。


「それ、俺の役目なんですけど」
「別にいいじゃん、誰でも」


 戻ると、もう紅士くんが支度を終えていた。たまごやきと、パンと、コーンスープと、温野菜のサラダと、かりかりベーコン、ピクルス。朝は少なめ。でもパンは焼き立てでとってもおいしいから好き。今日はチーズのベーグルらしい。


「俺が真白の横に座るから」
「いや、俺が」
「お前昨日も座ってたろ」
「ふざけんな」


 青侍お兄ちゃんも起きてきていて、おれが座った席の隣を静かに争っている。別に隣に座ってもいいことなどひとつもないと思うんだけど。キッチンでもそもそ言い合いをして、隣に座ったのは紅士くんだった。にこにこ笑顔でベーグルを取ってくれて、取り皿に野菜やたまごを取ってくれる。


「スープは熱いから気をつけて。冷ましてあげようか」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
「真白は本当に……かわいいね」


 頭を撫で撫でしてもらいながらちぎったベーグルをもぐもぐする。チーズが入っていておいしい。ほわほわもちもち、紅士くんのパンは今日もおいしい。


「紅士くんの、おいしいよ」
「……もう一度言って」
「紅士くんの、おいしい」
「……っ、ありがとう……」
「セクハラやめてください」


 じろっと睨む、おれの向かいに座っているお兄ちゃん。せくはら? 今のは何がせくはらだったんだろう。おれにはよくわからない。
 隣に長男の紅士くん、おれの前に次男の青侍お兄ちゃん。ふたりは双子で、顔がよく似ている。というか、ほとんど同じだ。今は見分けがつくようになったけれど、髪色以外の違いが最初はよくわからなかった。そして青侍お兄ちゃんの左隣に三男の黄兄ちゃん、のんびりスープを飲んでいる。そしてその隣で四男の緑ちゃんが、とても不満そうな顔でふわふわのたまごやきを突いていた。


「なんで俺が一番遠いんだよ」
「仕方ないだろ」
「テーブルは広いからねえ」


 三人ずつ座れる大きな長方形の木のテーブル。でもおれの横はいつもひとりだけ。紅士くんの向こうにもうひとり座れるけれど誰も座らない。不思議だ。
 温野菜にフォークを突き立てながら、黄兄ちゃんが顔を上げた。


「ねえ、今朝こそはさぁ、はっきりさせようよ」
「なにを?」


 かりかりのベーコンおいしい。あさから幸せ。


「真白、お兄ちゃんの中で誰が一番すき?」
「ふ?」


 視線が、こちらに集まった。


「シロちゃんが困るだろ」


 お兄ちゃんが言う。けれどすぐにこちらを見た。決めてほしいのかもしれない。順番に顔を見て、どうしよう、と、困ってしまう。どのお兄ちゃんも優しくて好き。


「……みんなすきだよ」
「強いて言うなら。誰かと毎晩一緒に寝るなら誰?」


 黄兄ちゃんが言う。毎晩……一緒に寝てくれるなら誰でもいいような気がする。
 うむむ。
 考えていたら、足音がした。


「おはよー。今日もいい天気ですねえ。少し寒いですけど」


 頭を下げて鴨居にぶつけないようにしながらリビングへ入って来た、おとうさん。するとお兄ちゃんたちが嫌な顔をした。おれは、お誕生日席とでも言うか、すぐそこに座ったおとうさんの手をぎゅっと握る。


「おはよう真白くん」


 言いながら髪にキスをしてくれる。眼鏡の奥からお兄ちゃんたちによく似た大きな目がこちらを見ていた。


「おとうさんが一番好き」
「おとうさんも真白くんが好きですよ」


 お兄ちゃんたちが「それはなしだろ」「親父は対象外だろ」と口々に言う。


「でも、毎晩いっしょに寝てくれるならおとうさんがいいもん……」
「おやおや、じゃあ今晩から一緒に寝ますか」


 長い腕がするりと抱きしめてくれる。そして、ちらりと、お兄ちゃんたちを見た。


「真白くんは、僕が一番好きなのだそうです」
「うわ、その顔ほんとむかつく」
「景織ずるい」
「実績です。若い君たちのようにがつがつしていませんからね」


 ふふんと笑うおとうさん。お兄ちゃんたちはそれから無言で朝ごはんを食べていた。


「真白くん、今日は一緒にお出かけしましょうか」
「するっ」
「俺も」
「俺も超暇」
「てかふたりで出掛けさせるとかほんとむりだし」
「車という密室で景織が真白と……なんて考えるだけでいらいらするわ」


 結局おとうさんとお兄ちゃんたちとお出かけすることになりそう。外はすごくいい天気だから、どこへ行っても気持ちよさそうだ。
 どこがいいかな。
 考えるおれの周りで、今日もみんな賑やかだった。





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