小説 | ナノ

 青年とオス 1-2


 静けさを取り戻した室内で、ベッドにのびのび横たわる芳樹。
 枕にしているのは筋骨隆々と逞しい男・清孝のあぐらをかいた足。スウェット地のズボンに包まれた足はちょうどいい弾力だ。


「食っちまったほうがよかぁなかったか」


 低く掠れた声で言い、無精髭を生やした口を開く。野性味のある男臭い顔立ちに馴染んであまり目立たないが、よく見れば人ならぬ形の鋭い牙。
 芳樹は首を横に振り、穏やかに笑う。


「あんなの食っても血が汚れるだけ」
「またヨシに手ぇ出してきたらどうすんだ。オレたちゃいつも傍にいるわけじゃねえんだぞ」
「大丈夫大丈夫。清孝さんは心配性だな」


 芳樹は身体を起こし、がっしりした顎を撫でて唇を触れ合わせる。昼間は見られない卑猥さと淫靡さが青年の若々しい身体に満ちている。
 裸の滑らかな背に清孝の無骨な指が滑り、腰を辿り、綺麗な尻へ。
 髭の感触を感じつつキスをしながら正直さに小さく笑う。

 しかしその不埒な手をがぶり、噛んだのがあった。芳樹の肩越しに覗き込むと不服そうな若い虎と目が合う。がぶがぶ、力加減のある噛み方だが、痛いものは痛い。


「わかったよ」


 舌打ちをして清孝が手を離すと代わってすりすり、尻に擦り寄る温かな毛並みの感触。
 くるりと身体の向きを変え、芳樹は清孝の筋肉質な身体を背もたれにした。


「咲々」


 名前を呼ぶと嬉しそうに虎の咲々がやってきた。芳樹の顔に鼻面を押し付けすんすん鼻を鳴らしてぺろぺろ舐める。


「ヨシは俺んだからな」


 されるがままの芳樹の腰を抱きしめ、顔を突き出して威嚇する清孝。その喉からは声に被さり咆哮が。それは熟練した威圧感に満ち、咲々は怯えたように首をすくめて身体を強張らせる。
 その様子に清孝は、ふん、と笑った。芳樹は苦笑い、もふもふの首へ腕を回して抱きしめる。結局胸から離れていってしまった体温に清孝は寂しそうだ。

 虎を優しく慰める芳樹の足元でもそもそ毛皮が動いた。
 ゆったり身体を起こした黒豹。青年の足を温める役割に専念していた彼は、じっと黄色い瞳で芳樹を見つめた。


「ありがとう、晴万」


 黒豹の晴万は再び身体を伏せる。その大人しさ控えめさがいつもきゅんとさせるのだ。
 大好きな芳樹に甘やかされてすっかり元気になり、すりすりしてきた咲々をそっと離して四つん這いに晴万の傍へ。
 何も身に着けていないので、お尻を向けられた清孝と咲々には総てが見えている。光の速さで目を逸らした男と、顔を伏せて肉球で目を覆った虎。見たいのはやまやまだが、見たら何もしないでいられない。

 気付いていない芳樹、黒豹の隣へぺたりと座り(一人と一頭は安心した)寝転んでから身体を寄せて艶やかな獣毛を堪能する。

 甲斐甲斐しく咲々が毛布を掛けた。器用に口に銜えてふんわりと。芳樹はすっかり安心して眠ってしまっている。
 晴万は満更でもない顔で、自分の前足へ顎を乗せて目を閉じた。


「芳樹はいっつも、優しい」


 さきほどまで虎がいた場所に今は綺麗な男が座っている。猫ッけのふわふわした髪はきらきら茶色。ややつり上がり気味の目元が可愛い美男子は、顔を晴万の方へ向けた。


「特に晴万には」


 見向きもしない晴万に、潤った唇を尖らせる。しなやかな身体を伸ばし、立ち上がった。


「芳樹も寝ちゃったし、寂しくお風呂はいる」
「飯の支度しろよ」
「晴万がそのうちする」
「……オレは夜市に行く。飯よろしく」


 清孝と咲々、それぞれの方向へ消えた。
 ちらり片目を開けた晴万。
 さっそく頭を芳樹の方へやり、愛しの青年の髪へキス。ふたりに邪魔をされたくなくて待ったのだ。
 ゆっくりごろごろ顔を擦り付け、眠っている芳樹の頬をぺろぺろ。どこもかしこも美味しくてたまらない。

 それでもやっぱり嫌われたくないので、頬をぺろぺろして髪を少々はぐはぐして終わり。勝手に交尾に及ぼうものなら口を聞いてもらえないのは当たり前、傍にも来てくれない。その上他の二頭といちゃついているのを見る羽目になる。最悪だ。
 ぺろぺろはぐはぐして気が済んだ晴万。ふす、と息を吐いてまた丸くなった。


 芳樹と暮らす三頭は皆獣人である。
 ヒトと獣人の比率は八対二と、獣人が少ない。いつの時代か「不老長寿の薬になる」といわれ、また別の時代には「ヒトを喰う」として捕らえられ、その数が激減した。
 ヒトを喰う、とは、まあその通りなのだが個体差が大きい。しかし一括にされていて現在も差別や偏見の目に晒される場合が多いのだ。なのでほとんどはヒトとしてヒトの中に暮らしている。
  獣本来に備わる能力に加え、特殊な能力がある獣人はそれを利用し財を成しているが、大体はさり気なく、共に。

 ヒトでもあり獣でもある獣人は、ある程度の年齢に達すると食事以外に欲しくなるものがある。
 それが「番の体液」
 獣人は日常食べているものやストレス、ヒトになったり獣になったりすることによって身体に負担が出る。
 その負担は疲れとなり、血を濁らせ、果ては腐らせ死に至る。

 その濁りを浄化してくれるのが番の体液だ。獣人には必ず運命の相手がおり、その相手の体液は極上の味わい。
 番の香りはすぐわかる。世の中の何より一番芳しく甘い香のような匂い。
 涙でも唾液でも一舐めすれば体力漲り、身体に見合うほど摂取すれば浄化も早まる。

 当然、番がそうそう見つからない時もある。そんなときには仕方ない、適当に香りがいい相手の体液を摂る。もちろん浄化は遅いが、摂らないよりマシだ。

 清孝、晴万、咲々の番は芳樹だった。
 通常番は一頭につき多くても二頭。とはいえ一頭に一頭が大抵である。
 しかも芳樹は獣人ではなく、純粋純血なヒト。にも関わらず三頭がでろでろになってしまうような香りを放ち引き寄せた。
 芳樹のほうも三頭が特別愛しくてたまらない。

 さきほどストーカー中年男が見た街は獣人の夜市。日ごろヒトとして暮らしている獣人の本来を見ることは、通常あまりない。それゆえに驚いたのだろう。
 ちなみに乗ってきたバスの運転手も獣人。乗ったバスは特別に細工された獣人専用バスである。普通のバスはこんなところまで来ないのだ。



「清孝様だ」
「清孝様だぞ……」


 夜市に出掛けた獅子の清孝。逞しい身体で上背もあり、いかにもな男ぶり。それは構われたいと思わせる雄々しさに満ちている。獣性としてやはり強い雄に惹かれるのだ。
 芳樹に出会う前までは暴君と呼ばれるほどに傲慢かつ奔放な人間だったこともあり、未だにその名は衰えることなく有名。
 周りから投げかけられる意味有りげな視線を無視して無精髭の生えた顎をさすり、ときおり店を覗きこんでは変わったものはないかと探す。芳樹にあげるものを物色中だ。

 こちらはきれいな台所を行ったり来たり、愛しの芳樹に美味しいと笑って欲しくて必死の調理をする黒豹の晴万。
 ピアスがぴかぴかあっちにもこっちにもある美青年で、だらしなく着たもこもこセーターから見える褐色肌がなんとなく卑猥だ。
 きれいさ故に他の雄や雌から搾取されてきた過去があり、獣人でありながら獣人に怯えている。清孝や咲々には慣れたが、いまでもほかの獣人は怖いまま。
 優しい芳樹が番でよかったと日々喜び暮らしている女性言葉のお兄さんだ。

 目を覚まさない芳樹の横へお風呂上がりに滑り込み、いつの間にか自らも熟睡中、虎の咲々。三頭の中では一番年下で、未成年だが最も身体が大きい。大人しいが、一度頭に血が上るとなかなか鎮まらないところがある。稚さゆえのわがままも多い。そして、この年でヒトを食い散らかした回数も少なくない。
 咲々にとっても芳樹は可愛くてかっこよくて優しくて最高の番。最新型のスマホの中身も芳樹の写真と動画でいっぱいで、いい写真は獣人SNSでこっそり公開している。


 三頭の雄に愛し愛され、爽やか青年の芳樹は今日も颯爽と街を歩く。





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