小説 | ナノ

アルバイトについて


 

鞠宮 雨生(まりみや うき)
鞠宮 俊寿(まりみや としひさ)


結婚済みです。苦手な方はお戻りを。





 南口から歩いて十五分、古い街並みがそのまま残され、中だけは近代風に改装されてある家はカフェに、ある家はアクセサリーショップに、ある家はレストランバーに。夜になると良い具合に外灯が点き、デートスポットとしても人気だ。
 そしてその中で、ある家は古着屋になっている。
 他の店はもう少しこじゃれた内装にされているのに、その店は内装になど構っていないような様子。服が並び小物が並び、一瞬倉庫かと思うような雑然とした場所。それでも品ぞろえは確かで、仕入れも確実。スタイリストや芸能人、業界の人、海外の顧客も多数いる不思議な店だ。服に埋もれるように存在する店長は一見すると服屋など経営していなさそうな白シャツ灰色パンツ、ぼろぼろのスニーカーに銀縁眼鏡。冴えない。

 さてその店で服と並んで人気なのが、アルバイトの可愛い子。明るい髪色くるくる(本人に聞いたところ、髪色もパーマも天然だとか)白い肌、くりっくりの丸い目は柔らかな色合いで、顔立ちがくっきりしている。顔の彫りが深いほうだ。身長はややちっちゃくて、いつもおしゃれにカラフルな服を着ている。メイクも丁寧だ。とにかくかわいい。名前はうき。雨に生きるで雨生という。ある人は雨生ちゃんと呼び、ある人は雨生くんと呼ぶ。年齢不詳、性別不詳。いつもおっとりと話し、両端がぽってり厚い唇の口角は上がりっぱなし。笑顔がさながら天使のよう。店の常連が集まって飲んだりするときは、いつだって雨生ちゃんの情報交換会だ。俺のように雨生ちゃんを大好きな常連がたくさんいる。

 今日は店を閉めた後の店長も一緒に、個室にて飲み会。服の話題が一通り終わるといよいよ雨生ちゃんのお話になる。いつだって本人不在だからみんな好きに話すのだ。


「この前、西口で雨生ちゃん見たんだよね」
「まじで」
「うん。ちょーかわいいからすぐわかった。でも……残念なお知らせです……とってもちゃらそうな男性と一緒にいました……」
「それってこの前の飲み会で話題に出たホスト風じゃないの?」
「多分違う……何て言うか、地に足がついたちゃらっぽさだった」
「わかりにくい」
「雨生ちゃんと歩いてた人の情報がまた増えたね」


 常連のひとり、お誕生日席に座っている奇抜なファッションに真っ青な髪、太い黒縁眼鏡の大学院生が傍らの布鞄からタブレットを取り出して情報を打ち込み、画面を皆に見えるように向けた。そこには見やすくリストアップされた、雨生ちゃんと一緒に歩いていた人の目撃情報。


「まず最初に、黒髪サラツヤ某サロンの店長。これはどうやらスタイリングをしてくれている人みたい。次に、金髪のおらおら系男子。真昼間のカフェで仲良さそうに隣に座っていちゃいちゃしていたとのこと。三番目が作業服を着たごりまっちょ系男子。商店街で一緒に野菜を選んでいるところを目撃されたそうで、もしかして同棲しているんでは疑惑あり。四番目に、このまえ話題に出たホスト風。そして今回、地に足がついてるようなちゃら男、と」
「雨生くん、どこでもなんとなくわかるもん。なんていうか、気付くんだよね」
「わかる。なんとなくわかっちゃう」
「この中に本命とかいるのかな」
「どうなんだろうな。ねえどうなの店長」


 俺の隣、テーブルの隅っこでちんまりと酒を飲んでいる店長に、十五人の目が一斉に向く。店長はレンズの下でぱちぱちと瞬きをし、それからいつもの謎めいた笑みを浮かべた。


「さあ。ボクはプライベートのことまで知らないから。雨生ちゃんはうちでたくさん動いてくれるいい子、ってことはよく知ってるけどね」
「そんなん絶対うそー。絶対店長知ってるって。ねえ、教えてよ」
「知りませんよー」


 ホットワインが注がれた銀のマグの影でくすくす笑う店長。あ、これは知ってるな、と、多分その場にいる全員が思ったはずだ。けれどそれ以上追及しなかったのは「雨生ちゃん」というなんとなくあるイメージを壊したくなかったからだろう。みんなのアイドル。



 常連が楽しそうにあれこれ話すのを、ボクはテーブルの端っこで聞いていた。雨生ちゃんの人物像は裏表なし、ボクが知っている雨生ちゃんも、皆が話している雨生ちゃんも完全に一致。おっとり優しくて親切で、良く笑いよく話す。まるでオレンジ色の灯りが暗い所で点いたみたいに華やかな子。
 そんな雨生ちゃんの本命。もちろんボクは知っている。


「あっ、この前のホスト風について思い出したことがあるんだけど!」


 お客さんのひとりが手を上げた。先月、雨生ちゃんとホスト風の男性が仲よさそうに電車に乗っているのを見たらしい。ほぼ満員の車内で、背の高い彼に守られるように抱きしめられて、何やら囁き合ったりくっついたりとらぶらぶだったそうだ。


「ホスト風、雨生くんの左手薬指の指輪と同じ指輪してた!」
「それ本気のやつじゃん……」
「本命はそのホスト風かぁ……超絶イケメンという噂の」
「あれはイケメンっていうか美男子だったね。美形っていうのは彼の為に有ると思うよ」


 雨生ちゃんの恋人の話になったきっかけ。それは、雨生ちゃんがいつもつけているシンプルなリング。明らかに意味のありそうな、華奢だけれど高そうなリングなのだ。それを左手の薬指にはめているので、みんな気になっているのである。

 ボクもそのホスト風を見たことがある。あるというか、雨生ちゃんが閉店まで働いてくれているとき、ほぼ必ずお迎えに来るからだ。店の裏口でいい子で待っている。礼儀正しくはきはきしたとってもいい子。見た目は確かに軽そうだけれど、話し方だったり仕草だったりを見ているとどうやら硬い仕事をしているらしい。人相手の商売をしている人間の勘だけれど。
 雨生ちゃんに優しく触れて額へキスをする彼の右手薬指には確かに同じリングが嵌っている。けれど、良く見ると少し違う。彼のには雨生ちゃんのリングにない、鎚で叩いたようなうろこ状の加工がしてあった。恐らく同じラインの、異なるリング。
 わあわあと盛り上がる常連さんたちを横に、ボクは小さく笑った。

 雨生ちゃんのと全く同じそれを、同じく左手薬指にはめている人を、ボクは知っている。

 雨生ちゃんが早上がりのときがある。その中で、ひと月に一回か二回、姿を現すその人。そういうときの雨生ちゃんはとても嬉しそうで、うきうきと仕事をしている。お話しする声もいつもより華やかさ四倍増し。

 この前の雨の日、早上がりの雨生ちゃんの終わり時間間近。
 道に面した店のガラスケース前に現れた男性。ぬっと背が高く、髪は肩につくほど長く、服はシンプルの極みのような服装だった。白い何の変哲もない麻のスタンドカラーシャツ、下は幅広い黒のタイパンツで、足元は気楽そうなサンダル履き。時計は高そうなものをつけているのに、そのほかはそうでもない。
 ざあざあと雨が強く降っているので、ボクは外に出てその人に声を掛けた。何回か見かけているけれど話しかけるのは初めてだった。


「雨、強いですし。店内に入って待たれたらどうですか。立っているのも疲れるでしょう」
「いえ、平気です。慣れてますので」


 思った以上にずっと低い声。そして見上げるほど背が高い。あだ名は絶対巨人だろう。この歳になって人を見上げるという経験は新鮮だ。見えた顔は、穏やかそうだった。一重まぶたの横幅ある目、高い鼻、あまり話し好きそうではない口元。どこか仏像を思わせるような顔立ち。端正なのだが、そういったことを思わせないような達観した表情をしている。皺の感じから、三十代後半から四十代といったところ。


「雨生がいつもお世話になっています」
「いえ、とてもいい子で助かっています。ご自慢でしょう」
「ええ、自慢の妻です」


 微笑んで言い、ばたばたと出てきた雨生ちゃんが隣に立つと大きな手で頭を撫でた。その左手薬指に、雨生ちゃんのものと全く同じリングがあったのだ。


「店長、あの、こちら、主人です」


 照れたように笑う雨生ちゃんがかわいい。


「そうなんだ。これからもよろしくお世話になります」
「いえ、こちらこそ、雨生をよろしくお願いします」
「じゃ、お先に失礼します」
「はいお疲れさまでした。またよろしくね」
「はいっ」


 ご主人の腕を抱きしめた雨生ちゃん。大きな藤色の傘に仲良く寄り添って雨の中へ。いかにも仲がよさそうなその様子に、雨の鬱陶しさも忘れて微笑んだ。

 雨生ちゃんは恋人どころか既婚者だよ。
 言いかけて、やめた。
 いつも人任せのだめ店長だけれど、スタッフのプライバシーとプライベートは守る方なのだ。


「店長、今笑った! 何か教えてよ!」
「ボクは何も知りません」
「嘘だよ!」


 賑やかな飲み会は、それから朝まで続いた。元気なことだ。





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