小説 | ナノ

白い男 4


 
ラシェッド
バスマ
ハイズン





「バスマ、ラシェッドがいなくなった」


 ハイズンの言葉に、バスマの目が見開かれる。その顔は明らかにショックを受けていて、よろよろとベッドを探したり、窓の外を見たり、半泣きの表情で屋敷内を探し始める。その後ろについて歩くハイズンは、やはりこの嘘はよくなかったのではないだろうかと思っていた。


「明日は、嘘をついてもいい日だな」
「そうだな」
「よし、俺がいなくなったと嘘を言え、ハイズン」
「は? 俺がか」
「そうだ。頼んだぞ」


 その言葉を残し、夜明け前にラシェッドはどこかへ行ったようだ。寝室に行って薄い天蓋の中を見ると、広い寝台にいるのはバスマだけ。匂いさえ残っていない。そして起きてきた子どもに、ハイズンは嘘をついた。


「ラシェッド」


 あっちを見たりこっちを見たり。
 この国特有の広大な白い建物の中を休まず探し続けるバスマは、本当に主がいないことに気付き始めて泣き出してしまった。太い腕に抱き上げ、よしよしと背を撫でてやる。


「困ったなぁ。ラシェッドの奴、どこに行ったんだか」


 これはハイズンの本心だ。一体どこへ行ってしまったのか、行方は知らないのだから。
 ぐすぐす泣くバスマを連れて食堂へ行った。可愛らしい子どもが泣いているので、使用人たちが駆け寄ってきて、椅子に座らせたバスマの周りで何かと声をかけたり果物を分けたり。大好きなネクタリンを貰って、涙を拭いてかじりつく。ハイズンもひとつ貰ったので、隣に立って調理台に尻を預けながらがぶりと食べた。


「主様は普段何も言わないで出かける方ではありませんから、心配ですね」


 バスマはこくりと頷いて、果物の甘みでなぐさめられたはずがまた寂しくなり始めたのかめそめそ涙を零す。『笑顔』という意味の名前をつけられた少年が今日はまだ一度も、その笑みを見せていない。まったく罪な奴だと、ハイズンは溜息をついた。


「主様がお戻りになりましたよ」


 それを聞いてバスマは跳ねるように玄関へ向かった。ホールに、すでに入ってきていたラシェッドの姿がある。白い上下を着て頭に布を巻き、端を肩に垂らしているいつもの姿。バスマに飛びつかれると驚いたように目を見開き、顔をぐしゃぐしゃにして泣くのを見て首を傾げた。


「お前がいなくなったって言ったら泣いちまったんだよ」
「ああ……バスマ、嘘だ。出かけていただけだ。そうやって言うように、ハイズンに頼んだんだ」


 嘘、と聞いて、頬を濡らしていたバスマは怒ったような顔をした。


「嘘、だめ」
「今日だけは、嘘をついていい。西洋の風習だが」
「……嘘、ついていい?」


 きょとんとした顔。黒髪を撫で、ラシェッドが頷く。


「四月一日は、そういう日だと覚えておくといい」
「……バスマも嘘ついていい?」
「もちろんだ」
「……えっと……ハイズン、きらい」
「俺かよ」
「うそ。すき。あ、でも嘘になる……きら、でもすきだし、えっと、えっと……」


 困ったようなバスマを見て、ハイズンもラシェッドも笑う。

 さて、出かけていたラシェッドはといえば、少し離れた街にあるショッピングモールにて服やら靴やらを買ってきたのだった。バスマの体力がすっかり回復したので、いずれ外に連れ出してやろうと思ったからである。
 使用人が車から運び出してきた大量の箱やら袋を見てバスマは目をぱちくり。総て自分のものだと聞いて驚きつつもにこにこ。ラシェッドに改めて抱きついて「ありがとう」と礼を言った。


「さっそく着て見せてくれ」
「いいよ」


 ハイズンはバスマに「好き」と言われたことがじわじわきている。喜びとして。





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