小説 | ナノ

白い男 2


 
ハキム・ラシェッド
バスマ
ハイズン





 ハキム・ラシェッドはこの辺りに古くからいる有力貴族の末っ子だ。父親は大企業の社長であり油田の主でもある。しかしどんなに親が金持ちでも、長子相続制度が強力なこの国では、ラシェッドに親の財産は一切回って来ない。それを知っているからすぐに家を出て海外を回り知識を深めて国へ戻って来た。
 俺はラシェッドと大学で知り合い、人柄に惹かれてこの国へやってきた。今は秘書という名目でラシェッド不在の家を取り仕切ったり、仕事の調整をしたり。

 誠実公平という意味の名前を持つ彼はその名の通り誠実公平に人と付き合い、貿易関係の仕事をこなしてきた。現在はまだまだ発展途中のアジア市場の先を見据えてこの国のエネルギー資源を売り込んでいる。

 それがある日どうしたことだろう、人を買って来たのだった。

 金持ちの場合、家に使用人がいるのが当たり前。その使用人は貧しい家から出稼ぎの人間だったり、どこかで買った人間だったり。奴隷制とは言わないが、金品で人をやり取りする古えのしきたりが未だに滅びていない。

 バスマと名付けられた青年は最初こそ手足が萎えていたが、食べて寝て水に入って、今はすっかり元気に屋敷内を走り回っている。白亜の宮殿と呼ばれるラシェッドの家にはたくさんの使用人がいて、こっちで洗濯の手伝い、あっちで料理の下準備の手伝いと、邪魔なような手伝いのようなことをしているらしい。言葉は未熟で覚えも悪いがにこにこ笑顔を絶やさない。

 どう見ても東洋人で、俺の国か周辺国出身だろうことは間違いないと思うのだが、何語で話しかけてもにこにこ首を傾げるばかり。甘い発音のこの国の言葉をたどたどしく理解し、おぼつかない記憶力でなんとか生活している。


「ラシェッド、バスマのことは大使館に申し出て身元を調べてもらうべきだ」
「そうだな」


 友は適当な調子で答え、自らの膝に頭を置いて眠っているバスマの髪を撫でる。
 本気で言っているのだ、と言うと、わかっている、と返された。理性に満ちた黒い瞳がこちらを見、微笑む。


「ハイズン、お前は実にいい友だ。そうやってはっきり物を言ってくるのだから」
「お前が好きだからな、ラシェッド」
「ありがとう。俺もお前が好きだよ。だからもう少し、バスマと一緒にいる時間をくれ」
「……なあ、その子のなにがそんなにお前を動かす?」
「大したことじゃない。まっすぐ笑う顔にただ惹かれただけだ」


 身体を抱き起こし、腕に収める。ラシェッドの長袖のワンピースのような寝間着に埋もれるような小さい子ども。家に帰ると真っ先に抱きしめて離さない。あれこれと話す内容に耳を傾け、遊び、学び、湯を浴びて眠る。その様子は今までに見たことがない。特定の恋人を作るわけでもなく、親しい友人と時折過ごすくらいだった人間が毎日飛ぶように帰ってきてひとりの子どもと親子か兄弟のように、または恋人のように過ごす。


「ラシェッド」
「ああ、目が覚めたか。茶は?」


 酒を飲まないラシェッドは、晩の食事が終わったらしばらく茶を飲む。今まさに、俺がそれに付き合っているのである。
 ラシェッドの膝に座ったバスマ、少し間をあけてこくりと頷いた。
 俺たちの手にはおもちゃのような小ぶりな茶碗が子どもの手にはぴったりだ。熱がって少しずつ飲む。
 それを見つめるラシェッドの目の優しいこと。


「……とりあえず、俺のタイミングで勝手に大使館行くからな」
「ああ。わかった」


 親友には幸せになってほしい。そのためには、バスマの身元を明かして悪いことはないはずだ。例え家族が判明して離れても会いに行けるだけの財力も調整能力もある男だから。そして正面から貰った方がいいに決まっている。
 ……待てよ、同性婚はアジアで承認されていたっけか……?

 首を傾げる俺につられてバスマも首を傾げ、茶をこぼしてラシェッドがやけどをした。





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