小説 | ナノ

めぐむとひかる 2


 

熙(ひかる)
めぐむ





 食事が一向に進まないめぐむ。半分も食べないうちにとうとう箸を置いてしまったので、熙は心配そうに向かいから見つめた。はぁ、と息を吐くさまも今までに見たことがない。猫のように丸まった背筋。なんだか辛そうだ。


「めぐむ、なんだか顔が赤くありませんか」
「そうですか」


 ぱふりと、もみじの手で自らの丸い頬を覆うめぐむ。目がいつもよりうるうるしているし、頬は赤いし、口調もなんだかふにゃりとしている。熙は使用人に命じて体温計を持って来させ、熱を測らせた。


「三十八度。熱がありますね」
「お熱を出すのは久しぶりです」
「そんなこと言っていないで、部屋に戻りますよ」


 先に使用人が布団を敷いておいてくれたらしい。部屋に戻るときちんと準備がされていた。以前寝室は別々だったのだが、熙がそばにいる時間が増えてからは熙の寝室で一緒に眠るようになった。
 白い手で丁寧に布団にくるまれる。


「寒くありませんか」
「少し、だけ」
「足元に軽いお布団を増やしましょうか。暑くなったらすぐ言うんですよ」


 こくりと頷くと「良い子ですね」と熙が頭を撫でてくれた。
 布団を増やしてもらい、部屋を暖めてくれてうとうとと眠くなる。こんな風に手厚く看病してもらうのは初めてだ。傍らに座ったまま熙が動く気配がないので、めぐむは目を開けてそちらを見た。


「あのう、ひかるさま」
「はい」
「ここにいたらうつるかもしれないし、お仕事もあるでしょうし」
「お前が寝たらすぐ行きますよ」
「……」


 もぞもぞ、布団を目の下あたりまで引き上げためぐむ。大きな目を困ったように瞬かせ、天井をうろうろさせてから再び熙を見た。切れ長な目はじっと自分を見つめ続けている。


「……ほんとは、ちょっと、うれしいです」
「そうですか」
「誰も、ぼくがかぜひいても気にしたりしてくれなかったから。だから、」


 言いかけて、夢の中へ。やや不規則な呼吸をする子どもを、変わらず熙は見つめていた。

 疲れさせてしまったかもしれない、と思う。この三か月、今までと全然違う環境の中で生活していためぐむ。いつもにこにこしているから気付かなかったが、食事ひとつとっても好き嫌いがあるだろうに何も言わずに出されたものをすべて食べ、起きる時間寝る時間も熙に合わせていた。全く出掛けず、どこへ行きたいなにをしたいとも言わない。家の中で家庭教師と勉強をしているか、本を読んだり絵を描いたりしていただけだった。
 大切にしたいと思ったけれど、それはしまいこむことと同じではない。かごの鳥が欲しいならば鳥を飼う。
 髪を撫で、頬に触れ、ふにふにと柔らかな感触に安心するようになった。飾り気のない素直な反応を示すめぐむは、嘘ばかりの人間の中での数少ない癒しだ。

 熱はすぐに上がり始めた。熱いと言えば布団を取ってやり、寒いと言えばまたかける。汗を拭いて着替えさせて、あまりにも熱が高くなってきたので医者を呼んだ。点滴を打ってもらって、めぐむはその間もずっと眠っていた。


「点滴の最中は冷えやすいですから」


 と言われ、もう一度暖房を入れて加湿器を点けた。


「亮様がご覧になっているのですか」


 不思議そうに医者が訪ねてくる。熙は無表情のまま頷いた。


「そうだが。自らの妻を看て何が悪い」
「いえ、そういうわけでは」
「で? 休ませれば治るのか」
「あ、ええ……疲労がずいぶん蓄積していらっしゃるご様子ですので、ゆっくりお休みになれば熱も下がるかと……」
「そうか」


 好きな果物などを食べさせて栄養をつければすぐ治るだろうと言って薬を置いて帰った医者。しかし熙は、何も知らない。好きな食べ物、好きなもの、好きな色、好きな動物。何も聞いてこなかった。


「……まずはそれを知らねばなりませんね」


 初めてだ。人のことを自分から知りたいと思ったのは。
 目を覚ましためぐむは、なぜか質問攻めにしてくる熙に目をぱちくりさせた。


「ひかる、さまっ……あの、ぼくが、やりますから……」
「わたしがやります」
「でも、あああ危ない……てっ……手が、」
「大丈夫です」


 好きな果物が梨だと聞いて持って来させた熙。いかにも初めてという危なっかしい手つきで果物ナイフを持ち、皮を剥く。しかしその剥き方は不恰好で厚かったり薄かったり細切れの皮がぼてぼてと皿に落ちる。
 めぐむは布団で上半身を起こした状態のままあわあわと、手を出したりひっこめたり。


「どうぞ」


 差し出されたのはでこぼこの白い実。どうしようか困っていると「口を開けなさい」と言われて口に差し入れられた。


「どうですか」


 水分がたくさんあって甘くて、おいしい。体温が移っているのが愛おしい。


「おいしいです」


 めぐむが笑うと、熙も微笑んだ。優しくて穏やかな笑み。


「あとでりんごも剥きましょうか」
「いやっ、それは、あのう、ぼくが」
「いいえ、わたしがやります」
「見てるとまたお熱が出そうなんです……!」
「? どういう意味ですか、めぐむ」





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