小説 | ナノ

ピアスが好きな彼らの話


 

才知(さいち)
テウ





 最初は、きらきらしてきれいだと思った。

 近所に住んでいた高校生くらいのその人が、いつも耳にたくさんの銀色をつけていて、その鈍い輝きに妙に惹かれた。それがたしか、小学校の低学年。そして高学年で初めて自分で穴を開けた。無知で、調べることもしないで、いきなり針を耳たぶに刺して。それは今でも大切な大切な第一個目。今は、拡張してだいぶ大きくなった。耳のいろいろな位置に開けて、失敗して、少しずつ学んでいった。ピアスの開け方、器具、場所。それからどこでどうやって買えばいいのか。

 ぼくはどうしてもあの銀色に惹かれているから、ステンレスやシルバーのピアスばかり。丸い銀のボールがついたバーベルやトンネル、リング。どんなモチーフでも必ず銀色。耳を彩ってくれるのがたまらなく嬉しい。

 小学校高学年から開け始めたピアス。
 やがて耳だけでは飽き足らず、首、鎖骨、指、手首などいろいろな場所に開けてみた。今はあちこちにきらきらしている。


 中学生、鎖骨辺りを開けたくて、でも上手にできる自信がなくて悩んでいた頃のこと。
 インターネットの情報を漁っていたらヒットしたピアス愛好家の掲示板にこんな書き込みを見つけた。


「開けます。ただし修行中。保証はしません」


 フリーメールのアドレスが記載されていて、ぼくはその人にメールを送ってみた。未成年だけれどいいかどうか、鎖骨や指、うなじなどに開けてみたいのだけれどやってもらえるかどうか。

 昼に学校で送って、夜寝る前に返事が来た。


「未成年でも構いません。が、親御さんの同意が必要です」


 ぼくは嘘をついた。向こうもきっとわかっていたと思う。それからすぐの休みに会う約束をした。


 そのメールは今でも残っている。四年前の日付で。
 メールを久しぶりに見て笑ったら、後ろから圧し掛かられた。


「何にやにやしてんの」
「おかえり、お疲れさまー」
「おつかれさん。で、何見てにやにや?」


 ん? と、顔がすぐ隣に来る。ピアスだらけのきれいな顔。頬がぺったりくっついた。少し冷たい。かすかに甘いのは煙草の香り。この二階の部屋中に漂っているから通ってくるうちにすっかり慣れた。ちなみに、一階のピアススタジオは木のような匂いがしている。


「なつかしー。これ、最初のメールじゃん。何、丁寧に保護かけてとっておいたんだ」


 可愛いやつめ、と、頭を撫でてくれる。この手で、指で、何回も何回もピアスを開けてもらった。ホールを作る瞬間の、真剣な目が好き。ピアスも好きで銀色が増えるのもとても嬉しいのだけれど、この人のその目を見るのも大好きだ。今は、前よりももっと。


「テウさん、今日の午後暇なんでしょ? お出かけしよ」
「いいよー」
「やった。この前見つけたシルバーアクセサリーの店行きたいんだ。いいの、たくさんあって」
「才知はそういうところ見つけるのがじょうずー」
「鼻がいいんだ」


 後ろから抱きしめられ、首に唇が触れる。薄い唇と一緒に、ピアスも。


「では着替えますので」


 仕事用の黒のつなぎ姿だったテウさんはぼくから離れて隣の部屋へ行こうとする。だからその袖を掴んで止めた。


「その前に、いつものこれを頼みます、テウさん」
「ああ、はいはい」


 前から見ると普通の白いTシャツにも見えるが、背中が大きく開いてドレープがきれいな変形シャツになっている。うなじから左右の肩甲骨の間より少し下まで、向かい合って一定の間隔で平行に縦に並ぶDのような形をしたピアス。よく見るとクレッシェンドデクレッシェンドのよう。わずかに曲線を描いている。テウさんに渡した真っ青なリボンは、そのピアスに通して結んでもらうためのもの。コルセットピアスといって、完全に趣味の世界。
 きっと、見て不愉快になる人もいるだろう。でもぼくはどうしてもこれを見せたくて、背中の開いた服ばかり着ている。きれいだと思うから。大学に行くときは隠して地味な服を着ている。休みは余計に見せたい。

 下からリボンを通して、クロスさせて、最後に結ぶ。膝を抱き、前に重心をかけて結びやすくしながら、その様子をソファの横にある姿見ごしに見ていた。テウさんはちょうちょ結びがとても上手だ。今日は青の気分だったけれど、素材も色も自分の好みで選ぶことができるから好き。結んでから、また肩にキスをしてくれた。


「今日も良く似合います」
「ありがとうございます」
「でもこれが気になるんですが」
「どれ?」


 ぼくの身体の正面を鏡に向けさせ、これ、と示したのは、左の鎖骨。右の鎖骨の下に四つ、左の鎖骨の下に四つ、そして今、左の鎖骨の上に新しい銀色の星が小さく光っている。


「あ、入れてみちゃった。かわいいでしょ?」
「可愛いけどー可愛いけどー」


 この前街をぶらぶらしていて見つけたスタジオで、安くなっていたからあけてもらったのだ。しかしぼくの頭のてっぺんに顎を乗せたテウさんはとても不満そうな顔。健康的な肌にいくつも光る様々なピアス。眉、眉間、目じり、鼻、唇の上下。耳にも身体にもいろいろたくさん。きれい。


「ねー、聞いてた?」
「あ、ごめん。聞いてなかった」
「だーからー、才知の身体に穴作っていいのはおれだけにしてほしいんだってば」
「えー、見つけたら行ってみたくなる」
「その気持ちはわかるけどー。もっと修行するから才知の身体はおれだけのにしてほしいですー」
「考えておきますー」


 考えておく、と言ったけれど、まんざらでもない。
 着替えに行ったテウさんを鏡越しに見て、ソファの上で身体を反転させる。青いリボンが通って完成したコルセットピアス。これだけじゃない、たくさんのピアスに、テウさんの丁寧な愛を感じる。
 お付き合いして、半ば一緒に住んで。ぼくはここから学校に行ったりも、よくする。卒業したら本格的に同居するつもりだ。ピアッサーとして刺青の彫師として少しずつ売れてきた彼のお手伝いをするのもいいし、それ以外でもいい。でもできたら、このきらきらきれいなピアスに携わりたい。


「準備できたよー」
「今行くー」


 立ち上がり、鏡でもう一度確認する。うん、今日もとってもきれい。
 服を調節して、ばたばたと玄関へ。仕事着とあまり変わらないような全身真っ黒のテウさんが待っている。


「あ、テウさんの耳のピアス、つばめちゃんだ」
「出かけるときはつけないとなー」


 耳たぶでゆらゆら揺れるバナナバーベルの先についた、かわいい銀色のつばめ。青い小さな石が入っている。ぼくが買ったのと同じものを、テウさんもほぼ同じ時期に買っていた。偶然のおそろい。
 ぼくの右耳に揺れるつばめ、テウさんの左耳に揺れるつばめ。そしてぼくの背中でひらひら舞うリボン。揺れたり舞ったり、ぼくの気持ちとまったく同じ。

 手をつないで背中の青より少々薄めの空の下を歩く。
 幸せな午後。





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