小説 | ナノ

 画面の向こう 1-2


「おはようございます」
「おはよう」
「……今日も見事な眉間の皺ですね。まだ早朝ですよ」
「仕方ないだろう。何歳になっても朝に強くならないんだ」
「これ、今日が返済期限の一覧です。こっちは飛んだ輩一覧」
「……飛んだ……先月より多くないか」
「多いです」


 考えるより先に、手が出た。
 別に悪くない部下が頬を殴られ壁まで吹っ飛ぶ。


「……悪くないことは、ないか。現場の監督はお前の仕事だ」
「すみません」
「今日中に何が何でも連れて来い。じゃなきゃお前に全部背負わせる」
「わかってます」


 いてて、と、頬を押さえて部屋を出て行く。殴られても詰られても笑顔でいるあの男は、怒りや悲しみなど、笑う以外の感情の浮かべ方をすべてを忘れてしまったらしい。笑顔で取立てを行い、責めるものだから不気味だ。しかし仕事はしっかりしてくれるので役に立つ。

 うちの会社は金融会社だ。一般的な業者から借り入れを断られるような人々も相手にしている、いわゆる高利貸し。利息は十一、十五などさまざま用意。返済能力がなくて期日までに準備できない人に対して手助けもしている。

 出勤して一時間も経たないうちに一人目の高飛び者が捕らえられて事務所へやってきた。両手足を拘束され口に布を噛まされ、んむんむ言っている。まだ若い男で、借り入れのときになにやら店をやるうんぬん言っていたのを薄らぼんやり覚えている。
 貸したのは三十万、返済期限を二週間すぎたところ。


「返す当ては当然ないだろうから、こちらできちんと用意しておきました」


 にこにこ顔の部下が差し出す紙を見て、男は青ざめる。


「大丈夫ですよ。半年くらいペットになれば、利子込みで余裕返済できますから。もしかしたら余りがちょっと出るかも。あ、でもそれ、治療代になって終わりですね。こちらの方、ペットの身体をすぐ壊しちゃうんですよぉ。でも仕方ないですよね。返済のためですもんね。もう連絡入れてあるので、すぐ引き取ってもらえますよ」


 頑張ってくださいね
 泣き喚く男の足を踏みつけ折り、声を悲鳴に変えさせる。あまり傷つけると飼い主に怒られるので、傷は最小限に。
 ペットなり労働者なり、その気になればある程度稼げる。保障はないけれど。
 そんな風にしてあらゆる場所に送られていく輩を何人見ても興味は湧かない。ただ、引き取ってくれる相手方との書類のやり取りをして確認をして、金額通りのものを貰うだけ。

 午前は人の悲鳴を聞いて終ったような気がする。


「内海さん、今日の昼ご飯どうするんですか。何か取ります?」
「いや、外に出る」


 事務所を出て、外に出る。普通の商店街のはずれのビルだから、少し歩けば食事する場所には基本困らない。近所には中学校やら高校やらもあるというのに、こんな高利貸しがこんな場所で平気で営業をしているというのが不思議だ。厳しい昨今、ありがたいといえばありがたいのだが。
 そばか、うどんか、定食か、何にしよう。
 ぶらりと歩き出す。

 商店街のアーケードに入ると、制服を着た中学生らしき子どもたちがころころとたくさんいた。試験の時期、なのだろうか。小さい子は嫌いではないが、やはりどの子もユキヲくんには敵わない。
 昨晩の、彼のかわいい痴態を思い出す。
 最終的に自分でお尻に物を挿れて達していた。前を弄ることなく。あの貞操帯はどうしたのだろう。今日もつけっぱなしなのだろうか。
 触れてみたいとも思うし、このまま画面越しに見ていたいとも思う。

 そんなことを思っていたら、中学生のひとりにぶつかってしまった。


「すまない」


 胸の辺りにも達しない身長。


「平気です」


 見上げてきた子の顔を見て、息を呑んだ。
 生で見てもつるつるの肌をしていて可愛らしい。むしろ、カメラ越しでないほうが更にかわいい。顔が小さくて身体が小さくて、でも痩せてはいなくて、ちょうどいい。くりくりと大きな目で見上げてきて首を傾げる。


「……ユキヲくん」


 名前を呼ぶと目を見開いて、それから頬を真っ赤に染めた。


「……ギョウさん……?」
「ああ」
「……」


 思わず手を伸ばすと、びくっと肩を震わせた。突然こんな大きい男に手を伸ばされたら、それは怖いだろう。顔も怖いし。


「すまない」


 そう言って、踵を返す。やっぱり会わないほうがいいに違いない。俺は、人に好かれる顔ではないから。
 しかし、ジャケットがくいと引かれた。振り返るとユキヲくんが両手で掴んでいる。


「……ギョウさん、も、う、もう、いっちゃうんですか」
「……」
「あの、ずっと、会いたい、って、思ってて……あえてうれしいです……」


 ころころと丸い、きれいな音で話す彼の声は、スピーカー越しよりずっと耳に馴染む。甘いあまい少年の声。もっと聞きたい、もっと、このきらきらした目を見ていたい。温かいだろう柔らかそうな身体に、触れてみたい。


「……昼ご飯は?」
「まだ、です。テストで、午前で終わりだったから」
「じゃあ一緒に食べよう。そばとうどんとどちらが?」
「……うどん」


 渋すぎるチョイスだったかと思ったけれど、俺に余裕がなかったせいだ。
 とりあえずこのかわいい子と、早く向かい合って落ち着きたかった。





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