小説 | ナノ

龍の嫁御


 
祝 晴雨(ジュウ チンユィ)
火 雪華(フォ シュエファ)





 この国は全体的に龍の加護を受けている。
 そういうととても神秘的に感じるが、その実、国の中で暮らしているとなんでもない、普通の国だ。国の根幹に龍がいる、という考え方だが、この国土は龍の上に成っているという説明が一番近いだろうか。国の始まりは龍、そしてそれを祖龍と呼ぶが、その祖龍の子孫が自分たち、ということである。なので皆が龍の下に平等であるべきで、助け合って暮らすべきだという考え方。
 その規則にのっとり、国民が家族のように暮らしている小さな国だ。

 ――しかし、平和というのはいつまでも続かないもの、らしい。

 他国の侵攻、謀略。
 国土が龍ということで、この国を手に入れたいと思う罪深い者たちが後を絶たない。それで父親は俺を、外に出すことにした。まあ簡単に言えば人質だ。こんな小さな国では侵攻されたらひとたまりもない。武力もほとんど持っていないし、戦うすべなど持たない者ばかりだ。
 そして国民の代表、指導者として上に立っていた父親が、悩みに悩んで差し出したのが俺、というわけである。説得されたつもりはないが、三日三晩話し合い、それが一番だということで送り出されたわけであるが、別にその国の――柊国の族長の首を取ってこい、と言われたわけでもなし、会うなり殺されるわけでもなかろうとのんきな思いで出てきた。

 湖を挟み、隣り合っている柊国という場所は、がちがちの軍事国家だ。
 王城へ着くまでにも、見たことのない兵器や砦をたくさん見てきた。国民でも武装している者がいたり、屈強そうだったり、全く違うお国柄だなというのを感じる。そんなに遠くないから、とひとり徒歩でやってきたが、平均身長も違うのか背の高い人ばかりに感じた。湖を挟んでいるだけあり、言葉はよく似ている。ちょっと違うかな、くらい。

「珍しい衣装だね。お客さん、心国の人かい」
「あ、はい。そうです」
「そう。ならこれもつけてやろう。うまいぞ」
「ありがとうございます」

 もっと警戒されるかと思ったが、うちと反対側が海に面している貿易国家というもう一つの側面を持っているからだろうか。旅人には寛容なようであった。観光客らしい姿も見たし、きっとそういうことなのだろう。

「おじさん、王城ってこっちで合ってますか」

 カウンターで食事をしながら、店主らしき人に地図を広げながらたずねる。

「王城……ああ、王宮のことか。ああ、合ってるよ。だけど隣に王宮よりばかでかい神殿があるから、観光ならそっちも見ていきな。無料で中に入れるよ」
「ありがとうございます」

 まさか「人質になりに来たんです」とも言えず、観光客の顔をして答えた。
 事前に交換しておいた貨幣でお金を払い、よかったら果物、と渡されたそれを食べながら、いよいよ王城を目指す。りんごがうまい。

 近付いてみると、おれがてっきり王城だと思っていたのがおじさんの言うところの『神殿』だったようだ。白亜の立派な建物の屋根、その上に龍の彫刻がある。大体、どこの国にも統一された龍のイメージがあって、この柊国ではあのようなのだろう。ちょっと故郷の龍に似ていたので、急に心細くなってしまったが、ここまで来てそう思っても仕方がない。

 隣の王城に行って、父親に持たされた書状を門番の兵に渡すと、中にすっ飛んで行ってしまった。焦らせて申し訳ないな、と思いながら待つこと、割と長い時間。途中で神殿でも観光に行こうかなと思ったが、さすがに書状を渡して行方不明じゃちょっとな。と思われたので動かないでおいしいりんごをかじっていた。

「祝殿か」

 やがて出てきたのは、年配の男の人だった。この国の民族衣装を身に着けている。青は確か、位の高い人のはずだ。

「そうです。祝晴雨と申します」
「お待たせして申し訳なかった。案内する」

 こうしておれはようやく、門をくぐった。夕焼けがきれいな日のことである。

 広い王城の中を歩かされるのだろうかと思ったが、案外すぐだった。
 大きな扉の前、兵らしき人が立っている。外の門兵とはまた違った衣装なのはどういうことなのだろうか、と思いつつ、男の人の後ろについて行く。あー、お父さん元気かな。まだ故郷を出て一週間ほどしか経っていないが、もうすでに懐かしい気持だ。

 部屋に入ると、足元がふかふかした。緋色の絨毯が敷き詰められているらしい。ここは謁見室とでもいう場所なのかもしれない。装飾も金や赤が使われており、豪華な彫物などがしてあって、天井には龍が踊る絵が描いてある。広い部屋だ。

「殿下、祝殿をお連れしました」
「ご苦労だった」

 重々しい低音が答える。
 男の人が脇に控えたので、その向こうにいる人が見えた。

「心国の祝殿か」
「そうです。祝晴雨です。初めてお目にかかります」

 ぺこりと頭を下げる。柊国も立礼でよかったっけと一瞬考えたが、跪く文化はない。ここはそれで通させてもらおう。

「顔を挙げろ」

 はい、と言われた通りにする。
 こちらも豪華な椅子に座っている、伝統衣装の男の人。紫は王族だけが身に着けられる色だ。椅子のひじ掛けにひじをつき、もう片方の手には閉じられた扇らしきものを持っている。

「わたしは柊の火雪華と申す。長旅ご苦労であった」

 顔がきれいな人、というのはこういう人のことをいうのだろうな、と思う。きれいすぎて形容しがたい。硬質な美、という感じだ。表情が動くことなどさほどなさそうな、少しつまらなさそうな顔にも見える。

「そちらの身は今日からわたしが預かることになった。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」

 こんなきれいな人に身を預かられるのか、と思ったが、体面上そうなるだけのことだろう、とすぐに考えた。おれが余計なことをしたら、この人に報告がいって身の上を決められてしまうのに違いない。なるべくおとなしく過ごそう、と思う。
 立ち上がったその人が、来い、と言う。
 考えていた最中だったので、首を傾げると、こちらへ来い、と繰り返した。

「部屋へ案内する」

 ああそこまでは面倒見てくれるのか、と思いながらついていくと、椅子の隣を抜けて奥に伸びる廊下のようなものがあった。椅子にはよく見れば小さな龍が彫りこんであり、おおと思う。まじまじは見られなかったが、ひすい色のそれをきれいだと思った。

「ここから先は王族以外に入ることはできない。無いことではあるが、もし不審者を見かけたら大声で叫べ。そうすれば誰かしら駆けつけよう」
「……はい」

 ずいぶん物騒なことを言うな。いや、大事なことだ。
 廊下は相変わらず豪華で、開放的だった。きれいな庭が両方に広がっている。よく手入れされた緑が豊富に植えられている様子は気持ちがいい。一定の距離を置いてその人についていくことしばらく。

「祝殿が暮らすのはこの部屋だ」

 戸を開けられ、中に入る。そして驚いた。

「過ごしやすいように改装しておいたが、もし足りないことがあったら言ってくれればすぐに対応する。少々時間がかかるかもしれないが、必ず話は聞こう」

 床に敷かれた敷物や棚のつくり、壁の色、置かれている読物など、ほとんどが故郷のものだったからだ。設えをわざわざ替えてくれたのだろう。

「心では、敷物の上に座ると聞いている。靴を脱ぐ場所はここで、あとは好きなように過ごすと良い」
「……わざわざ変えてくださったんですか」
「過ごしやすいほうがいいだろう」

 見上げると少し首を傾げて、ふ、と笑った。さらさらと長い黒髪が流れる。

「わたしの部屋は隣だ。改めてよろしく頼む、晴雨」
「はい、殿下」

 部屋に入り、腰を下ろして壁にもたれかかるとどっと疲れが襲ってきた。
 疲れた……と口からこぼれる。意外と緊張していたようだ。それはそう。他国の偉い人になど、ろくに会ったことがない。それが急に、というわけで疲れもするだろう。敷物の上に置かれた、綿入りのふかふかクッションに身体を投げ出すと落ち着いた。そして眠気。

「あー……」

 ねむい、と呟いて、そのまま寝入ってしまった。

「起きたか」

 どれほど寝たのだろうか、目を開けると殿下がそこにいた。
 身体を起こすと、だるい。疲れが本当に一気に出たのだろう。腕を動かすのも大変、という感じで、全身が鉛のように重いのでのろのろ動いた。

「でんか……?」
「殿下だ。夕食を持ってきたのだが、よく寝ているから置いていこうとした」
「そうですか……お手数を」
「いや、気にするな」

 長い髪をまとめ、簪で留めてある。身に着けているのは街でもよく見かけた平服で、先程よりもかなり動きやすそうだった。

「晴雨、食べられるか」
「置いておいていただければ。あとで食べます」

 寄り掛かったまま動けない。という様子をさらせば、長旅だったものな、と言う。

「まさか歩いてくるとは思わなかったぞ」
「近いので歩いて来たんですが」
「近いとはいえ、あの湖を半周するわけだから一週間ほどかかっただろう。書状の日付もそのくらい前だったし」
「かかりました」
「寝られそうならば寝た方がいい。食事はいつでも準備できる。これ、いらないならわたしが貰うが?」
「どうぞ」
「いただく」

 殿下はあまり人の目などを気にしないようだった。何の頓着もなく口に入れる。うまい、と頷いていた。

「腹が減ったら言え」
「はい」

 うと、とする。ぐらぐらしていたら笑う声がかすかにして、目元に温度が与えられた。

「無理をしないで寝ろ」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」

 もう一度夢の世界へ連れていかれた俺は、次の日も泥のように眠ったようだ。起きてみると殿下の姿はなく、時間がわからなくて混乱した。やがて、棚の上に暦と時計が一体になったものを発見して、まる一日過ぎたことがわかったのである。そしてその隣に、紙が置いてあった。

「寝ているようなので、起きたら声をかけてほしい」

 丁寧な字でつづられたそれは、多分殿下なんだろう。
 戸を開けると「うわ」と声がした。どうやら戸の前に誰か立っていたらしく、開けた勢いでぶつけてしまったようだ。

「あ、申し訳ありません。大丈夫でしたか」
「大丈夫です……失礼しました」

 いてて、と腰をおさえるその人は、柔らかな笑みを浮かべる。

「殿下が政に出ていらっしゃいますので、代わりに御用を聞くよう仰せつかって参りました。ソラと申します」
「ソラ、さん」
「はい。何かお困りごとはありませんか」
「……お腹が空いた、かなぁ」

 それを裏付けるように、ぐう、とお腹が鳴る。

「それと、お風呂入りたい」
「そちらも用意させましょう。湯のほうが先に準備ができますから、行きましょうか」

 うん、と頷いて後についていく。何分、この王城の中がわからないのでついていくしかなかった。しかし思いのほか、近い。すぐに着いた。

「こちらが湯殿です。迷うことはないかと思いますが、もしわからなくなったらいつでもお声がけくださいね」
「ありがとう」
「いいえ。ではこちらでお待ちしております」

 どうぞ、と言われて中に入ると、籠の中に着替えなどが既に置いてあった。すごいありがたいことではあるが、誰が用意しているのだろう、などと考えてしまう。ソラさんとは先程会ったばかりなのに。それともおれの行動はお見通しなのだろうか。
 広々としたお湯にたっぷりと浸かって、出てくるとソラさんが廊下に立っていた。ずっといたのだとしたら申し訳ない。とてもゆっくりしてしまった。しかし、そのきれいな人はやっぱり穏やかに笑って「あたたまりましたか」と聞いてくれる。優しい人認定。

「とてもあたたまりました」
「それはよかったです。きれいな髪をしていらっしゃいますね」
「あ、はい。うちの家族は代々こんな色をしていて」

 そういえば、さっきまで髪を隠したままだった。今は濡れているので布を巻いていないのだが、普段は一族のしきたりにしたがって髪を隠している。

「きっと殿下がお喜びになります」
「なんで?」
「そのままお会いになればわかるかと」

 にこ、と笑いかけられ、わからないままに頷いた。
 準備してもらったご飯を食べ、さて、とソラさんを見る。床に座るのも悪くないですね、と言うソラさんはすでにゆっくりとくつろいでいた。

「おれ、人質ってもっと下に扱われるのかと思ってた」
「お好みならば座敷牢をご準備しますが」
「そうじゃなくて」

 お好みってなんだ。立ち上がりかけたソラさんを違う違う、と言って座らせる。

「なんかもっと、雑? に扱われると思ってたっていうか……殿下がこんな風にお世話してくれると思わなくて。せめて初日だけかなって思ってたんだけど」
「おや、何もお聞きではないですか」
「うん、一昨日は寝ちゃったから」
「そうですか……ならば、今日殿下がお帰りになったらお聞きするといいですよ」
「はーい」

 ソラさんと話しているうちに、殿下がやってきた。開け放したままだった戸をくぐってやってくる。おれを見て、目を見開いてほうと口にした。政務服なのか、昨日と同じ礼服を身に着けて、片手には扇を持っている。

「お帰りなさい」

 ソラさんとボードゲームをして遊んでいたので、片づけながら言うとすたすた近付いてきた殿下がまじまじ、おれの髪を見てきた。

「実に美しい紺だ。いや藍? 素晴らしい」
「あ、髪の話ですか」
「そうだ」
「これでお出迎えするときっと喜ぶよってソラさんが」
「ふむ、さすがによくわかっている。触っても?」
「どうぞ」

 毛先に触れる殿下の指はきれいだった。そうっと触るので、自分がなにか壊れ物にでもったかのようだ。

「これが心の龍の色と言われた藍か」
「伝説ではそうなっていますが、よくご存知ですね」
「ああ。俺は龍が好きでな。色々な地方の文献を読んだ。だが心は隣ではあるが、龍に関して秘されたことも多いだろう? 国の人間以外の口で語ると、龍が怒るという伝承も聞いたことがある。なので知らない事の方が多い」
「心は神秘の国、ですからね」
「ああ。だから、晴雨が来てくれて嬉しく思う。もし暇があれば、俺に龍のことを語って聞かせてくれ」
「いいですよ」

 なるほど、もしかしたら殿下はそのためにおれを呼んだ、という側面もあったのかもしれない。ただの人質じゃないのかも。そう思い始めたおれの頬に触れる手。

「龍のことを語ってくれる龍子の嫁御か。とんでもない家宝をいただいたものだ」
「……よめ?」
「龍も祝福しているだろう」
「?」
 




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