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 外の世界1-2


「ごめんね。あとに残らないお薬だから、だいじょうぶ」


 深く眠るルゥの額にキスをする。大人になってもかわいいかおで、凛々しい王子様みたいだけど、いつも不安そうで、なんだかすぐに折れてしまいそうな感じ。自分ではあまり感じていなかったようだけれど、いつも壊れそうな、悲しそうな顔をしていた。


 この場所は、美しいビルに見せかけた巨大な売春宿。お決まりのように、地元の公安や政府と結びついて発覚しない場所。中では信じられないほど幼い子どもや、長くこのような場所を転々とさせられたおとななどが身体を売らされていた。人の身体に値段をつけて、使えなくなればごみのように捨てる。多くの人間が攫われ、売られ、外に出られないまま消されていった。
 このような組織は横に繋がりが深い。いま、稼ぐことができる財源をそうそう手放すことはしない。他の場所にある施設、それからこれらの売春宿を営んでいる、関わっている組織とを全て同時に潰さなければ、結局移転して再開する。そして、この宿を潰すことはうちの老大の悲願だ。
 予想外に組織の規模が大きく、全ての拠点を割り出すまでにこれほど時間が掛ってしまった。ルゥや、ここにいる子たちには本当に悪いことをしたと思う。

 持ち込み禁止の携帯電話を取り出す。小さくばらして部品を運び、少しずつ組み立ててベッドの裏側に隠していた。
 薬ですやすや眠っているルゥの隣に腰掛け、電話を繋ぐ。すぐに、低い美声が聞こえてきた。


「もうすぐ決行の時間です」
「ああ。確実に頼む」
「今回は、準備に時間を掛けましたから。大丈夫だと思います」
「あ。良い知らせを待っている」
「ええ、心配しないでください。ではまた……邵永進老大」


 電話を切るとすぐに、地響きのようなものが階下から聞こえた。ずんと震える室内、小刻みに揺れる中でも、ルゥは眠っていた。このまま目を覚まさないのが一番良い。
 ばたばたと部屋に入って来た支配人の男。顔も見ないで撃ち殺す。静かな拳銃。今のこの状況に最適だ。かわいい子が寝ているのだから。
 崩れ落ちる人だったもの。
 自分がそうしてきたようにされた今の気分はどうなのだろうか。

 また、ドアが開く音がした。
 入って来たのは小さな子ども。性別がわからないようないでたちと容姿、ぐすぐすと泣きながら「ルゥ」と繰り返す。まだ成年には程遠い様子だ。


「……ファーロン?」
「……おじさん、だれ?」
「おじさん、は……ルゥの……恋人かな」
「こいびと?」
「いや、まだ違うか……恋人・仮にしておこうかな」
「……」
「そんな不思議そうな顔しないで」
「……おじさん、今日、何か変なの」
「きみは今日、お客さんついてなかったんだね」


 こくりと頷く。こっちおいで、と言うと、大人しく近寄って来た。布団に入るように促し、頭を撫でる。


「ルゥの横で静かにしていてね。大丈夫だから」


 こくりと頷く。きらきらした大きな目はとても聡明そうだった。
 やがて、時間が経ち、部屋に入って来たのは見知った顔。まだ若い男だ。


「兄、お待たせしました」
「ううん、思ったより早かった。下は?」
「制圧と確保、完了しています。地下にいる子たちも全員保護しました」
「うん」
「その他地点も間もなく終わります。今回は問題ありません」
「そう」
「あの、確保された子どもたちは今後、どうなるんでしょうか」
「それは老大に聞いてみなきゃわかんないかな。前回は、親が見つかったりとか、仕事先があったりとかでなんとかなったみたいだけど。あとは自分の意思で売春に戻った子もいたとか」
「それはありなんですか……」
「うちは……『四號街』は、本人の意思に関係ない強制的な人身売買は禁止だけど、生業として選び取って仕事にするなら認めてる。『四號街』の管理下にある店で、きちんと生活することが義務付けられてるけど」
「……難しいっすね」


 頭をかきかき、たまにドアの外に目を遣る。


「兄、自分で保護したい子ってその子らなんですか」
「うん。あー、ひとりはよく知らない子なんだけど」


 見てみると、ファーロンなる子も眠っていた。泣き疲れたのかもしれないが、案外と図太いのかもしれない。このような場所で暮らしてくれば、そうもなるか。
 それから、次々と連絡が来た。各地の関連した施設をすべて制圧したということ。ひとりも漏らさず、運営の関係者は始末したということ。公安ならば目立つところを捕まえて裁判に送って終わり。だけれどこちらのほうは、なんでも好きに出来る。蛇の道は蛇。


「悪いけど、そっちのちっちゃい子、運んで」
「あ、はい」


 まだ目覚めないルゥを薄い布団ごと抱き上げ、外に出る。南方は夜でも驚くほど暑い。
 久しぶりの外はどうだろう、ルゥ。





「……ここ、どこ……」
「おれのうち」


 窓の外に広がるのはどこまでも農園。と、木々。遠い場所に山も見える。


「……いなか……」
「うん、あの、ルゥがいた場所は南だったんだけど、北まで連れて帰って来たんだ」
「……すらすら喋ってる……」
「ああ、えと、南側の人に擬態っていうか、あの、なりすましてたから。でも、あっちのことばが上手にできなくて、たどたどしく」
「……外なんだね」
「うん。ごめんね。勝手に」


 ふる、と首を横に振り、ベッドから降りて窓に近づいた。
 指先でガラスに触れるとひんやりしている。空が淀んでいて、いかにも冬らしく、また、空気がすすけて見える。


「……外だ」
「うん」


 じわじわ、なにかが胸の奥から湧き上がる。本当に外に出られた。振り返り、心配そうな顔のシェンを見た。


「シェン、ありがと。でもおれ、行く場所ないけど……」
「ここに住めば」
「……いや、そういうわけには」
「一緒に暮らせたら嬉しい。でも、ルゥが余所が良いって言うなら、ひとりで生活できるようになるまで助けることもできる」


 シェンはベッドに腰掛け、そう言った。なんでもないことのように言うけれど、それなりにお金が掛るはず。そもそもあの部屋を取ったり、おれを一晩買ったりする時点で結構なお金を払っているはずだ。いったい何者なのだろう。


「……シェンって、なに?」
「……そのうち話すよ」


 あまり話したくなさそうに、微笑んだ。困ったような顔をずっとしている。
 本当にもう自由になれるんだろうか、とか、外で生活ができるだろうか、とか、不安はたくさんある。ひとりでいたら、この不安に飲みこまれてしまいそうだ。シェンがどんな人かわからないけれど、ひとりでいるよりはしばらくここにいさせてもらったほうがいいのかもしれない。


「シェン」
「ん?」
「……お世話になります」
「うん」


 あの少年のような笑顔を浮かべたシェンは嬉しそうに頷く。


「それにしても、ルゥはびっくりしないね」
「ん?」
「もっと、パニックになるかと思った」
「……こうやって助けてもらうの、初めてじゃないから」


 確かに嬉しいけれど。もともと感情を表に出すのはあまり上手な方じゃない。
 シェンの前へ行くと抱き締められて、お腹に顔が埋められた。


「ゆっくりでいいからね。わかんないことだらけだと思うから、なんでも聞いて」
「うん。ありがとう。……あの、ファーロンは?」
「隣のお部屋で寝てる。まだ目が覚めないけど、行きたかったら行こう」


 頷くと、立ち上がったシェンに手を繋がれて廊下に出た。広い広い、白い漆喰が目に眩しい廊下。どこか、学校のようだ。学校みたいに大きいお家なのだと思うとますますシェンがわからなくなる。窓からはきれいな中庭が見えて、その向こうにお城みたいな建物。
 ……?
 隣の部屋の、きれいな細工がされたベッドで眠るファーロンを見て安心した。ベッドの傍に立っていた若い男の人が頭を下げる。


「ここで待つ?」
「うん」


 男の人が椅子を差し出してくれたので、座った。そのまま後ろのドアから出て行く気配。シェンもいなくなったようで、おれはファーロンが目覚めるのをそのまま待った。ひとりじゃなくて良かった、と、なんとなく思う。
 これからどうなるのか、果たしてシェンは良い人なのか、よくわからない。
 でも、とりあえずここにいたほうがよさそうな気がした。飽きて捨てられるまで、いてみよう。





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