小説 | ナノ

 山奥のかわいいひばり 1-2


「どした、よく考えれば俺のこと嫌いだった?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあどうした。結婚するのが嫌なのか」
「いや、っていうか……」
「不安? なんか怖いんだったら言って」


 雲雀の両手を取り、膝の上で握りしめて目を覗き込む。その奥にある真実を覗き見ようとするかのように。そのまっすぐな目で見つめられるとそれだけで泣きそうになったが、はっきりと伝えなければならないと、見つめ返す。


「結婚できない……」


 どうしても、声は震えた。弱弱しい声に仁友が首を傾げる。


「だから、どうして」
「……一緒に暮らしてから、仁友が、嫌いになったら」
「何が? 雲雀が、俺をってこと?」
「それは」


 即座に答えそうになり、口をつぐむ。もどかしげに、仁友が先を促す。


「どういうことだよ」
「……仁友が、嫌いになったら、つらいから」
「俺が、雲雀を、ってこと?」


 こくりと頷く。大きな瞳に涙が溜まって、息をし難そうにゆっくり吐き出す。しばらくの間を空け、大きな声で仁友が笑った。笑われると思っていなかった雲雀はぽかんとした顔で黒い顔を見つめる。涙はひょいと引っ込んだ。笑い声に押されたような形だ。
 ひとしきり笑った仁友は、浮かんだ涙を片手の甲で拭う。あー、と声を出して、それからまた少し笑った。


「結婚できないとか言うから、お前、何かあるかと思ったぞ」
「何かあったもん。仁友が嫌いって言ったら、悲しいもん」
「あーおかしい。ねぇよ。ばあちゃんに誓った男だぞ俺は」
「誓ったって、嫌いになるかもしれない」
「そんなのわかんないけどな、少なくともその予感はしない」


 また少し笑って、雲雀の手をそっと放して今度は頬を包む。温かくて分厚い手のひらに包まれて心地良い。


「俺に触られてそんな顔し続けてくれるんだったら、永久に離せないから安心して」


 額と額が合わせられる。仁友の睫毛はとても長くて、濃くて黒い。雲雀は短めなのでそちらに目が行ってしまった。顔がとても近くて、それからゆっくり、少しずつ胸の鼓動が速くなって、ときめいていると知った。自分の胸は正直だなあ、と思う。このくらい素直になれたらいいのに。
 素直、というキーワードを思い出し、また雲雀の顔が暗くなった。それを見逃す仁友ではない。


「まだ何か心配?」


 優しく、努めて優しく尋ねた。思ったより雲雀は何か心配事があるらしい、と気づいたからだ。もし心配事の原因が自分ならば、言ってもらって直していくようにしなければならない。可愛い雲雀のためなら何でも直すつもりでいた。
 言いよどんだのを、促す。頬を撫でて、言葉で。


「……素直じゃないから、仁友、嫌いになるかなって、思って」
「雲雀、素直じゃねぇの?」
「素直じゃない、と思う」
「どうして?」


 ふぅ、と雲雀が息を吐いた。


「……仁友が来たって、いいことの一つも言えないし、来てくれてありがとうも言えないし」


 またにやーっと、仁友が笑った。それから、雲雀が吐いたのより長い息を吐いて、ぐり、と合わせられた額を僅かに擦った。


「でも俺はたぶん、雲雀が言いたいことわかってると思う」
「なんで?」
「雲雀は自分で思ってるより、わかりやすいぞ。顔も声も素直だし」
「素直じゃない」


 むきになって、雲雀が言う。はいはい、と、今度は腕を回してしっかり雲雀を抱きしめた。農作業を終えて、それでもまた着替えてきてくれたらしい身体からは洗剤の匂いがする。もともと作業後もそんなに臭くないのに、ただ土の匂いや緑の匂いがするだけなのに、気を遣って着替えてくる。そういうところも好きだった。素直に口に出したことはないけれど。
 やっぱり素直じゃないんだ。
 がっかりする雲雀の心を読むように、頭を抱く腕が動いて、手がゆっくり髪を撫でる。


「雲雀は素直だよ。俺にずっと好き好き言ってくれてるもん。俺知ってるよ? 雲雀が思ってるのと逆さまなこと言っちゃうの」
「なんで知ってるの」
「顔に出てるんだって。あと、昼飯とか多く作ってくれてんのも知ってるし」
「なんで知ってるの」
「わかるだろ。毎日昼飯準備されてたら」


 そうかなあ、呟いた雲雀に、そうだよ、と返す仁友。


「だからわかってるって言ってる。雲雀、俺のこと大好きだって、毎日言ってくれるから。だから嫌いにならなかったんだし、これから先、もし言われなくなっても俺は雲雀が好きだし、一緒にいてほしいんだけど」


 ぶわあ、と雲雀の頬が赤くなる。それを腕の感触で知って、くすりと笑った。


「一緒にいて、雲雀。大好き」
「……本当に、いいの」
「雲雀が大好きだから、素直だろうが素直じゃなかろうが、雲雀はやることなすこと可愛いし」
「盲目」
「恋だからな」


 さて、心配事は消えないが、うまく仁友に言いくるめられた雲雀は、それからほどなくして一緒に暮らし始めた。相変わらず苔を毟り、気ままに暮らす雲雀の横には規則正しく生活をする仁友の姿がある。朝、畑に行く仁友を見送って二度寝、それから起きて朝ごはんの支度をして、帰ってきた仁友と食べる。苔を毟りに行って、業者に渡して本を読んで、帰ってきた仁友と昼食を食べる。一緒に昼寝をして目が覚めると仁友はいない。
 変わったことと言えば、夕方、陽が沈む前に仕事を終える仁友のところまで下って行って一緒に買い物へ行くようになったこと。山を下りるとすぐに商店街がある。以前はひとり、そこまでバスで行って帰ってきていたけれど今は仁友が運転する車で買い物へ行くのが週に一度の行事となった。


「雲雀、ただいま」
「おかえり」
「今日もかわいい」
「ばか」


 相変わらず素直にはなれないけれど、かわいいかわいいと言ってくれる。それで、心配事は心配事としての機能を日々失いつつある。


「ところで、いつ結婚してくれる?」
「……いいよ、いつでも」
「いつでも? 明日でも?」
「いつでもいいってば」
「もー、雲雀ちゃんかわいい!」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる太い腕に、雲雀は真っ赤になって「ばか」と呟くのだった。






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