淡いオレンジ色の光が自分を包み込む光景に、淑乃はしばし呆然としていた。
足元の地面が消え、方向感覚が無くなる。
目の前に広がるのは光の渦。360度どこを見ても、オレンジ色の光が広がっているだけ。


―綺麗な光。


まるでオレンジゼリーの海の中を泳いでいるような、そんな感覚。
これから知らない土地で初めての任務に就くという緊張感を解すかのように、その光は温かく淑乃を包み込む。


…こうしてから、どれぐらいの時が経っただろうか。
時間が経つにつれ、今まで味わった事の無い感覚が身体を支配する。
肉の身体を纏い、重力に支配される感覚。
今までいた世界では決して味わう事のなかった感覚。五感が身体に宿る。
次第に光は収束して行き、淑乃の身体をそっと地面に降ろした。




「―藤枝淑乃、任務開始します。」



耳にかけたインカムに向かってそう言い放ち、彼女は"人間界"へと降り立った。









電脳天使セイバーズ








「マサル、ハンカチ忘れてるわよ。」
「あ、いけね。サンキュー、母さん。」
「もう、マサルったらそそっかしいんだから…」

母親の手からハンカチを受け取り、肩に鞄を掛けて扉の前に立つ少年。

「じゃ、いってくる!」
「気をつけてね、マサル。」

彼の名前は大門大(マサル)。
3度の飯より喧嘩が大好きな、やんちゃ盛りの普通の中学生である。

「さて、と…。」

息子を見送った後、母―小百合は居間へと引き返し、棚の上に飾ってある写真立ての前に赴いた。
写真の中の人物に微笑んだ後、彼女はそっと呟く。


「マサルももう14歳…。だんだんあなたに似てきた気がするわ。いつまでも私たちを見守っていてね、英さん…。」




***




「やっべ、遅刻遅刻!」


公園の時計で時間を確認して、マサルは走るスピードを速めた。
確か、今日は自分が日直だったはず。
急がないとあの口うるさい担任に難癖付けられるかわからない。


「仕方ねえ、抜け道使うか…!」


大きい通りを避けて、住宅地の隙間を縫うような小道に潜り込む。
昔からよく使っている、学校への近道だ。
日当たりも悪くあまり気持ちの良い場所ではないが、背に腹は変えられない。
マサルはその道を走り抜け、学校を目指して一直線に駆けて行った。


『こらー!待ちなさい!!』
「ん…?」


突如聞こえてきた、人の声。
この裏道を使う人間は自分か、近所の子供達ぐらいのはずだが…聞こえてきたのは、知らない女性の声だった。

「なんだぁ?こんな所に…?」

気になるが、足を止めている暇は無い。
振り返らずにそのまま駆けて行こうとした、その時。


『あいつだ!とうとう見つけたぞっ!!』
「!?」


バサバサッ!と鳥が羽ばたく音がして頭上を黒い影が横切ったかと思えば。
眼前には翼を生やした黒いボールのような…謎の生物が現れていた。

「な、なんだこいつぅ!?」
『魔王様に献上するんだ!!こいつを捕まえろ!!』
『『サー、イエッサー!!』』
「うわっ、やめろ!このコウモリ野郎!!」

謎の生物(でかいコウモリ?)は突如マサルに襲い掛かる。
両脇を抱えられそうになり、マサルは反射的に彼らを殴り飛ばした。

『ぎゃひぃん!!』
『痛いぃいい!!』

二匹のコウモリは吹き飛ばされ、地面に転がる。
だが、残ったリーダー格のコウモリがマサルの背後に回り、勢いよくタックルを喰らわせる。

「がはっ!!」
『人間の分際で、俺達にたてつくからだ!!』
「…ってぇな、この野郎!!」
『ぱぎゅう!!!』

みしり、と身体の軋む音が聞こえる。
受けたダメージは決して小さくは無いが、それでも渾身の力を振り絞りなんとかコウモリを殴り倒した。

「……っつつ、なんなんだ…いったい……?」

患部を押さえながら、地べたに転がる二匹のコウモリの姿を見つめる。
見れば見るほど珍妙な形をしている…。…しかも、自分の聞き間違いじゃなければこいつらは、人の言葉を喋っていた。

「でかいインコか…?って、あれ?」

最初に殴り飛ばしたコウモリは2匹。次に現れたコウモリを殴り倒して、全部で3匹いたはずだ。
…1匹足りない…?


「…しまった!」
『ギャァアアアアアッ!!』


怪物の咆哮と同時に、マサルの身体が吹き飛ばされる。
いつの間にか復活していたコウモリが一瞬の隙を突き、攻撃してきたのだ。
マサルはまるで玩具のように宙へと放り出され、四肢を投げ出し、そのまま地面に転がった。

「……ぐ、はっ……痛っつつつ……くそ!」
『みんな、起きろ!あいつを捕まえるぞ!!』
『『サー、イエッサー!!』』
「…くそ……こんなところで…っ、」

残りの二匹も起き上がり、もうここまでかと覚悟を決めた時。
どこからともなく爆竹が飛んできて、辺りに白煙を撒き散らした。

『フギャー!!前が見えない!!』
『イタイイタイ、目に染みるぅ!!』
『苦しいよー!フギャァアア!!』

三匹のコウモリがそれぞればらばらの方向に飛び回り、視界を奪われた事に動揺して混乱する。
その隙間を縫って、誰かがマサルの腕を引っ張った。

「今のうちに、早く…!」
「な、なんなんだ、あんた…誰…?」
「いいから、早く!ひとまずこっちへ!」

マサルも混乱していたため、その人物に手を引かれるままにその場を後にした。
しばらく走った頃、大きな通りに出て、見慣れた住宅地に飛び出した。


「ふぅ…、ここまで来れば、追ってこないでしょ」
「…あんた…何なんだ?」


明るい路地に出たところで、やっとその人物の顔を見る事が出来た。
年は自分より少し上だろうか…。凛々しい顔立ちの女性だった。


「私はDATSの藤枝淑乃。…まあ、警察のようなものと思ってくれればいいわ。」
「警察…?なんで警察がこんなところに?」
「とある事件の調査中にあの怪物を見つけたから、追って来たの。」
「怪物……ああ、あの変なコウモリ野郎のことか。」
「…コウモリ、って……。」


謎の怪物を『変なコウモリ』の一言で片付けるマサルの能天気さに呆れながらも、淑乃と名乗った女性は懐から警察手帳のようなものを開いて見せる。

「とにかく。君はあいつらの被害者、そして重要参考人として本部まで連行します。」
「ちょ、ちょっと待てよ。連行って…俺は何もしてねぇぞ!?」
「すぐ済むからちょっとだけ付き合って。さあ。」
「ちょっ…おいおい!」

淑乃はぐいぐいと腕を引っ張ってマサルを連行しようとするが、マサルはそれを振り払って距離を取る。

「警察だか何だか知らねえが、俺はあの変なコウモリとは無関係だからな!連行なんかされてたまるかよ!」
「ちょっと…君!待ちなさい!」

淑乃の静止も聞かず、マサルは走ってその場から逃げ出した。
淑乃も後を追おうとするが、インカムに通信が入り、仕方なく通信に応答する事にした。

「はい、こちら淑乃。」
『淑乃、今の少年は…』
「わかってます。後を追って、必ず捕まえます。彼は、貴重なサンプルデータですから…。」
『うむ。かつて、"魔族"が人間を襲ったという例は聞いた事がない。…彼には何か特別な理由があるのかもしれん。必ず無事保護するのだ。』
「了解!」

通信を終え、淑乃が足を動かしたその時。
こつっと何かが足に触れて、思わず足を止めた。

「これは…生徒手帳?……ふむふむ、名前は大門大。私立鳳学園中等部2年生…。」
『淑乃、個人情報を声に出して読み上げちゃだめよ。』
「わかってるって。…とりあえず、これで先回りは出来るわね。」

淑乃はマサルの手帳を手に、ふふんと不敵に微笑んだ。




***




「…ハァ〜…。今日は一日、ついてないぜぇ……。」


夕暮れの日差しが差し込む教室。
日直を果たせなかった罰として、マサルは放課後の教室掃除を任命されていた。

「よっ、喧嘩番長!罰掃除ゴクローさま!」
「るっせ!ケンカなら買うぞゴルァ!」
「あははは、怖ーい!逃げろ逃げろーっ☆」

通りすがりのクラスメイトにからかいを受けながら、面倒くさそうにホウキを動かす。
さっさと掃除を終わらせて自分も帰りたい。
今日は朝から疲れた。早く帰って、ゆっくり休みたいものだ…。


「はぁ、こんなもんか…。」


掃除が一通り片付いた頃には、夕陽が傾き出していた。
どんよりとした雨雲に覆われ、太陽はすっかりなりを潜めている。
…今日は夕方から雨が降ると訊いた気がする。降りださないうちに、早く帰りたい。

「さっさと片付けて帰ろう…。よっこいせっと。」

水を含んだバケツを抱え、中身を捨てようと廊下に踏み出した時。
バリィイイン!!とけたたましい音を立てながら、背後の窓ガラスが四散した。


『見つけたぞ!!』
「うわっ、またこいつらかよ!?」


教室の窓を突き破って侵入してきたのは、今朝方に遭遇した大きなコウモリ達だった。
マサルはバケツを投げ捨て、咄嗟にファイティングポーズを取り対峙する。


「どうしてもこの俺様と戦いてぇようだな…来い!!今度は今朝みたいにはならねぇぞ!!」
『うるさい、捕まえろ!!』
『『サー、イエッサー!!』』


今朝と同じように二匹が左右からマサルを挟み撃ちにしようと突進してくる。
マサルはタイミングを見計らって、高く跳躍して教卓の上に飛び乗った。


『『ギャフン!!!?』』
『何してる、バカ!!』


標的を失った2匹はそのままぶつかり合い、顔面を強打して床に崩れ落ちる。
残った1匹がマサルに向かって突進するが、それも難なくかわし、彼は教室の壁に激突した。

「ふん、同じ手は二度と喰らわねぇぞ。」
『グググ…このぉ!!』

怒りのままに突進してくるコウモリを再びかわし、すれ違いざまに一発ゲンコツをお見舞いしてやる。
コウモリは完全に白目を剥き、泡を噴いて倒れた。

『ギャピー!!親分ー!!』
『親分しっかりー!!』
「はん、どうだ!参ったか!!」

二匹のコウモリはギョロリと目を剥き、マサルを睨みつける。

『よ、よクもオヤブンを……人間、許さなイ!!』
『許サない!!!』

憎しみを込めた瞳がマサルを捉えた瞬間、ぐわん、と視界が揺らいだ。
理由はわからずとも本能的に察知する。
―まずい。
頭の中にキィンと鳴り響く謎の高音。
突然気分が悪くなり、ぐらぐらと視界が揺らぎ、世界が廻る、回転する。


「……ぅ……、ぁ……っ」
『やった、ヤッタ!!』
『捕まえタ、献上スル!魔界、送ル!!』


方向感覚を失い、足元が崩れ落ちるような感覚を伴いながらマサルは床に倒れる。
床に頭を強打したはずなのに、全く痛みを感じない。
まるで、糠の中に頭を突っ込んだかのようだった。


『ナッツシュート!!!』


その時、どこからともなく誰かの声が聞こえてくる。
爆竹が爆ぜるような音と共に白煙が立ち上り、今朝の再現を髣髴させる。
コウモリ達が戸惑う悲鳴が聞こえてくるが、今のマサルには立ち上がる気力が無かった。

「―まったく、何時間待たせる気よ!!」
「…お、お前…なんで、ここに…。」
「話は後。ひとまず、あいつらを片付けるわ。」

突如現れた淑乃は小さな端末を掲げ、くるりと一回転を加えながら高らかに叫ぶ。


『デジアモーレ・チャージ!オーバードライブ!!』


端末から聞こえる声と淑乃の声がぴったりと重なった瞬間、淑乃の身体が光に包まれる。
桃色の光の渦が彼女を取り巻き、飛沫を散らしながら光が爆ぜた時。
淑乃の姿は、桃色の衣装に包まれていた。


「…へ、変身した…!?」
「ララモン、行くわよ!」
『任せて、淑乃!』


よく見ればうっすらと、淑乃の傍らに何者かの姿が見える。
液晶に映った立体映像のようなもの。
その姿は丸っこくてピンク色の、……謎の生物だった。


『エンジェル・カッター!!』


―説明しよう!!
 淑乃は守護天使の力を借りて、電脳天使セイバーズへと変身する!!
 守護天使が持つ『霊術』という不思議な力を持って、悪と対峙するのだ!!

 ちなみに『エンジェル・カッター』の破壊力は今日覚えた英単語の数に比例する!!


『ギャピィィイーー!!』
『悔しいようー!!』
『来世で覚えてろー!!』


淑乃の放った光の刃に切り裂かれ、3匹のコウモリ達はそれぞれ息絶える。
身体が霧散したかと思えば、後には三つの、ドッジボール大のタマゴが残された。


「ふぅ…。任務完了。無事、魔族を回収しました。」
「……。」


目の前で繰り広げられた魔法バトルを、開口しながら見つめることしか出来ないマサル。
未だに床を這うマサルに、淑乃がそっと手を差し伸べた。


「私は君を守りに来たのよ、大門大クン。」
「…どうして俺の名前を…?」
「それは追々話すとして。…立てる?」
「…ああ…。」


淑乃の手を借りながら立ち上がり、教室の現状を見渡したマサルは表情を強張らせた。





「……ああああああああ!!!…掃除する前よりもひどくなってる…。」
「あら〜…。」


粉々に割られた窓ガラスの破片、ひっくり返ったバケツの汚水、薙ぎ倒される机と椅子の数々…。
今からこれらを片付けなければといけないと思うと、マサルは大きく溜め息を吐き、がっくりと肩を落とすのであった。




***




「…ただいまー…、…母さん…。」
「あらあらあら…マサル、しっかり降られたわねぇ。」


あの後二度目の掃除をしていた事により、結局夕立に降られてしまった。
全身ぐっしょり濡れネズミ。
肌に張り付く上着を脱ぎながら、小百合が用意したタオルで髪を拭く。


「これじゃあ風邪をひいてしまうわ、すぐにお風呂に入りなさい。」
「うん…。」


通学鞄を玄関に下ろし、髪から水を滴らせながら風呂場を目指す。
用意のいい小百合はマサルが雨に降られることも予想していたのだろう。
脱衣所には既に着替えが用意されており、マサルは着替えを取りに行く必要も無く、そのまま入浴することが出来た。

「はぁあ…今日は一日、散々だったなぁ……。」

溜め息を零しながらシャンプーを手に取り、しゃかしゃかと泡立てる。

「オマケに淑乃は『後で話があるから、君の家にお邪魔するからね!』なんて言ってどっか行っちまうし…訳がわからねぇぜ…。」

あんな厄介事は、出来れば家庭に持ち込みたくないのだが。
淑乃のことをなんて紹介すればいいのか…。
悩んでいても仕方がない。自分は頭を使うのが苦手なのだ。

「ま、何とかなるだろ…。…っくしょい!!うぅ、寒っ。早く風呂に入って暖まろ…。」

身体も洗い終え、一日の汚れを落としたところで浴槽に浸かる。
温かいお湯が身体の芯まで染み渡り、一日の疲労を癒してくれる。


「はぁ〜、いい湯だぜぇ……!……ん?」


見上げれば、風呂場の窓が少し開いていた。
どうりで寒かったはずだ…。母さんが閉め忘れたんだろうか?
吹き込む夜風を遮断するため、マサルは立ち上がって窓に手を掛ける。


「お、流れ星!?珍しいな、こんな時期に…。」


夜空にキラリと煌く輝きを見つけて、思わず身を乗り出す。
白く輝くその流星は次第に大きくなり、…というか、だんだんこちらに迫ってきて………。



「え、なっ、うっ……ぅわぁああああぁあああああああ!!!!



あっという間に地上に着陸し、ていうか、マサルの上に落ちてきた。
流星と共に浴槽の中に雪崩れ込み、浴室に巨大な水柱が上がる。

「げほっ、がはっ!!?…お湯飲んじまった……っていうか!何だよこれ、うちの風呂場に隕石が落ちてきた!!?」

ざばぁと勢いよく立ち上がり、不時着したモノの正体を確かめようとマサルが浴槽の中を覗き込んだ時、お湯の中でゆらりと細長いモノが揺れ、ものすごい力でマサルを捕らえた。

「うわぁああ!!?な、なんだこれ!?……って、え……?……に、人間の…腕…??」

自分を捕らえる謎の隕石の正体は、人の腕。…っていうか、…これはおそらく…。


「……げほっ、ごほ、ぶはっ!!…し、死ぬかと思った!」
「…に、にんげ…ん……???」


お湯の中から現れたのは、一人の少年。
自分を捕らえる腕の持ち主。
端正な顔立ちと刺繍糸のように細い金髪、そして蒼い瞳を持っている。


『―マサル兄ちゃん?ものすごい音がしたけど、どうしたの?』
「知香!?ちょっ、来るな!!」
『え?』





ガラリと浴室の扉が開いて、脱衣所からマサルの妹・知香が現れる。
知香の瞳に映ったものは大変なイケメンの金髪男子と、その少年に押し倒されるような態勢で(入浴中のため当然だが)全裸姿のマサル。





キャーーーーーーー!!!!!マサル兄ちゃんが、知らない男の人とお風呂場でいやらしいことしてるーーーー!!お母さーーーん!!!!
誤解だ知香ァアアアア!!!!(泣)
「…???」


マサルの叫びも空しく、知香は赤面してその場を走り去っていく。
今の声は間違いなく外にまで聞こえた。近所中に響いた。
どうしよう、かわいい妹にホモ疑惑をかけられてしまった。しかも、全然知らない男と、だ。


「ああ、居た居たトーマ!捜したのよ!」
「淑乃ぉ!?」
「こんな所に転送されてきちゃって…ずいぶん捜したのよ?公園のゴミ箱とか、コンビニのゴミ箱とか。まったく、隊長ってば後で文句言ってやらなきゃ」
「淑乃…こいつ、お前の仲間かよ!?」
「トーマを紹介する前に、何か着てくれない?目のやり場に困るんだから」
「お前らが勝手に押しかけてきたんだろうがぁあああ!!!!」




***




マサルが風呂から上がる頃、誤解も解けぬまま知香は就寝してしまった。
血の涙を流しながらうな垂れるマサルを引き摺り、一同は居間へと集まった。


「はい、粗茶ですが。…日本茶しかないんだけれど、よかったかしら?」
「いえ、お構いなく…。」


小百合はお茶の配膳を終えると、淑乃と謎の少年、二人と向かい合うようにして席に着いた。
マサルは小百合の隣に着席している。


「えっと、警察の方かしら…?」
「人間界においては、警察組織のようなものです。」
「に、にんげんかい…?」
「落ち着いて聞いて下さい。僕達は、こことは違う別の世界からやってきました。天界と呼ばれる世界の国際治安支援部隊―Degital Angelic Team Savers―通称、DATSの隊員です。僕はトーマ、こちらは淑乃です。」
「まあ…大変なお仕事をしているのねぇ。」
「母さん、意味判ってる…?」
「要するに、警察官って事でしょうねぇ。」
「……え、ええと。それで、その…DATS?の人達が、いったい俺に何の用だって言うんだよ?」
「大門大。君を、保護しに来たのよ。」
「保護なんて必要ねぇ。帰れ。」
「ちょっと、真面目に話を聞きなさいよ!」
「マサル。DATSの皆さんに失礼でしょう。」
「……けっ…。」


ぷいとそっぽを向くマサルの代わりに小百合が頭を下げる。
淑乃達はマサルを一瞥してから、話を再開した。


「私達の世界は今、未曾有の危機に瀕しています。度重なる怪奇現象、原因不明の病。…同族達は次々と倒れ…このままだと間違いなく、天界は滅びの道を辿るのです。」
「僕達はその原因が魔界、もしくは人間界にあると睨み、原因を突き止め解明するために、この世界に派遣されて来たんです。」
「……それと俺と、何の関係があるんだ?」
「今朝、そして夕方に出逢ったでしょう。"魔族"に。」
「あの、変なコウモリの事だな。」
「あれは"魔族"と呼ばれる生き物で、普段は魔界と呼ばれる土地で好き勝手に暮らしているはずなの。…でも、その魔族が人間界に現れて、ましてや人を襲うなんて…今までになかった事例なのよ。」
「俺はその…、初めての魔族の被害者…サンプルってことか…。」
「言い方を選ばなければそうなる。君は貴重なデータだ。いったい魔族が何を考え、何故君を襲ったのか。…解析させてもらいたい。」
「トーマ!そんな言い方…。」
「…それに付き合わねえと、どうなるんだ?」
「マサル!」
「……。」


トーマは腕を組んで少し考え込んだ後、真っ直ぐにマサルに向き直った。
誤魔化しても仕方がない。マサルも、トーマがこれから言う事をなんとなく感じ取っていた。


「…最悪の場合、他にも人間の被害者が出る事になる。魔族はきっとまだ…これからも現れる。対策を練らねば、今日の君と同じように、誰かが犠牲になる…。」
「…!!」
「トーマ…。」


最悪の事態を想像して、一同がシンと静まる。
マサルは今朝の、そして放課後の惨事を思い出す。
自分は少しは腕が立つ方で…ケンカには自信がある、自分の身くらい自分で守れる。戦う覚悟もある。


―だが、母さんは?知香は…?


か弱い女性や幼い子供があんなものに襲われたりしたら…ひとたまりも無いだろう。
怪我どころでは済まないかも知れない。


「―…わかった。」
「マサル…。」
「母さん。俺は、こいつらに協力する。事情はまだうまく飲み込めねぇが…。冗談でこんな話を聞かせてるようには見えないし、現に俺は今日、魔族とかいうやつらをこの目で見てる。…無視する訳にはいかねえんだ!」
「マサル…!ありがとう!」
「まぁ、当然の判断だな。これで現実から逃避して僕らを追い返しでもしたら、後で泣いて悔いるのは君たちなんだから。」
「あぁ?なんだと?」
「ちょっと、やめなさいよトーマ!」
「……。」
「チッ…気に食わねえ野郎だぜ。」


自分の分のお茶を啜ると、小百合が隣でぽんと手を叩く。


「それじゃあ、早速お部屋の用意をしてくるわね。家族が増えて、賑やかになるわぁ。」
ブーーーーッ!!!
「マサル、きたない!!」
「お茶くらい静かに飲めないのか…無作法にも程があるぞ」
「ちょ、ちょい待てよ母さん!今…なんて?」
「え?淑乃さんとトーマ君の、お部屋を用意してくるって言ったんだけど?」
「家に泊める気かよ!?」
「だって…、マサルは二人に協力するって決めたんでしょう?一緒に住んだほうが、何かと都合がいいんじゃない?」
「それもそうね…。まだ宿の準備も整ってなかった事だし。お言葉に甘えて、お邪魔します。」
「よろしくお願いします、小百合さん。」
「おいおい……そんなのアリかよ……。」


当事者である自分を余所に、あっという間に居候が可決してしまう。

二人の不思議な天使に囲まれて、賑やかで騒がしいマサルの日常は、今幕を開けたのだ。

 



☆つづく☆




******
セイバーズで●ブリールパロ。
一話からこんなでもトーマサになる予定。
今後ero要素も増えるかもしれません。
元気に楽しく書いていきたいと思います(いい笑顔)


11.7.28