「ただいまー。…って、あれ。なにしてんだお前ら?」
「あ、マサルおかえり。今ね、仕事中。」

学校を終えて帰宅すると、リビングで荷物を広げて作業をする淑乃とトーマの姿があった。

「淑乃さん。前回僕が使ったワープシステムの不具合についてだけど…。」
「ええ。向こうと地球側の時間座標のズレは1.7で解消済みだけど、空間座標の方に問題があったのよね?」
「予定着陸地と僕が落ちてきた場所の距離を測ると、ズレはだいたい2.3。これなら、少し処理速度が落ちるけどバージョン708の旧式を使った方が安全性は…。」
「そうね。万が一があったら大変だし、そっちにしましょう。それじゃあ、アプリを引っ張り出すからちょっと待ってて。」

冷蔵庫の中の牛乳を取り出してグラスに注ぎながら、一応二人にも勧めたが答えはノー。
精密機械を弄っている途中なのだ。水物はご法度だろう。
一人蚊帳の外で喉を潤しながら、マサルは彼らの作業風景を眺めていた。

「なんかいつもよりピリピリしてるけど、今日は何をやってるんだ?」

『協力してくれ』と頼まれたマサルではあるが、実際に仕事を手伝ったのは先日の魔族退治ぐらい。
二人のように機械を操作できる訳でもないし、調べ物をするにも手段は限られている。
そもそも、何を調べればいいのかすら見当が付かない。
マサルの協力とは微々たるもので、二人が具体的にどんな仕事をしてるのか、未だによく知らないのだ。

「先日、マサルが魔族に襲われた事件があったでしょう?」
「あー…あれな。うん。」
「その時の魔族の行動パターンとか、突然の巨大化とか。色々と気になることがあって調べていたら、うちの隊長が自ら協力してくれる事になってね。今、その隊長と連絡を取ってるところなのよ。」
「前回、僕が地球に不時着した時はひどい目にあったからね。隊長にあんな思いをさせないためにも、今度こそミスは許されない。」
「……ってことは、そのタイチョーが……家に来るってのか!!?」
「だからそう言ってるじゃない。忙しいんだから、横槍入れないでよ。」
「あ、スマン…。」
「君が手伝える事は何も無いから、大人しく部屋でゲームでもしててくれ。精密機械に触られたらと思うと、不安で集中力が散る。」
「…ムッカー…。」

トーマの口調には腹が立ったが、彼の言い分も確かだ。
機械操作は自分の得手分野ではない。
ここは彼らに任せ、自分は出番が来るまで待機だ。



『アニキおかえりー!一緒にゲームしようぜ、ゲーム!』
「あ、マサル兄ちゃん、おかえりー。」

自分の部屋に帰ってくると、知香とアグモンがテレビゲームをしていた。

「お前ら…ここ、俺の部屋なんだけど」
「だって、下は淑乃お姉ちゃんたちの機械が占領しててゲームできないんだもーん。」

知香はそう言いながらコントローラーを操作し、画面の中の敵キャラクターを次々に倒して行く。
一方アグモンは、梅干を食べた時のような渋い表情で敵を睨みつけては、バッサバッサと斬り捨てられていった。

『ああー!また死んだ!?』
「アグちゃん弱すぎ…もうアイテムもったいないから回復してあげないよ?」
『くそう!知香、もう一回だもう一回!次のステージなら絶対に勝てる!!』
「もう天下統一しちゃったからゲームクリアだよ。あ、ボス倒した。おしまーい♪」
『うわぁああああん!アーニーキィ〜〜!!!』

リザルト画面で絶望的な新記録を刻んだアグモンが、マサルの足に抱き付いて泣き付く。
マサルは鞄を机に降ろしながら適当にあやし、制服を脱ぎ始めた。

「ちょっと!レディがいるんだからいきなり着替えださないでよね!!」
「もうゲームは終わったんだろ?なら自分の部屋に戻れって。ほれアグモン、お前も泣いてないでそこの荷物知香の部屋に運べ。」
『うぅ…グスン…ズビーーー。知香、お片づけするぞ。』
「え〜?まだやりたいゲームあるのに〜…んもう、わかったからアグちゃんってば押さないでよー!」

知香とアグモンが持ち込んだお菓子やゲームを撤収させながら、二人は部屋を後にする。
知香の姿が見えなくなったのを確認して、マサルは着替えを再開した。

「まったく、自分の部屋には入るなーって言っておきながら俺の部屋にはフツーに入るんだな知香のやつ…。」

ぶつぶつと文句を言いながら制服をハンガーに掛ける。

「マサルー。ちょっと聞きたいんだけどー?」
「着替え中だっつーの!?」
「ああ、私は気にしないから。それよりドライバーがどこにあるか知らない?貸してほしいんだけど。」
「ドライバーならリビングの戸棚の中。用が済んだなら早く閉めろって。」
「はいはいありがと。まったく、男のくせに細かいのね〜」
(俺のせいじゃねえよ…パンツのままでいると知香がうるせーんだよ…。)

父親が不在のため女二人の中の男子一人。
妹に口うるさく注意されずとも、一応、そういう事に気を遣うのが男だとマサルは思っている。
ドアが閉まり淑乃が視界から消えて、着替えを再開しようとした瞬間。

「マサル。戸棚の中にドライバーが無かったんだが」
「自分で探せこのトンマ!!!!!」

来訪したトーマの眉間にリモコンを投げつけながら、マサルは勢いよくドアを閉める。
ついでに鍵も閉める。
嗚呼、最初からこうすればよかったんだ…。
きちんと扉が施錠されている事を確認して、ようやく落ち着いて着替えを再開する事が出来た。



『―ピピッ。……ープシステム……、…ールクリア………』


「…?」

不意に、上から声が降ってきたような気がして顔を上げるが…目に飛び込んできたのは当たり前の如く、自室の天井。
何の変哲も無い。
空耳だったかと思い、顔を下げる。


『……オールシステム、オールグリーン……ゲートオープン………レディ……』


ルルルルルル…………







どっごぉぉおおおおおおおおん!!!!!!





―マサルは死んだ。スイーツ(笑)


「勝手に殺すな!!」

白煙を上げる瓦礫の中、ぼこっと天井の板を突き抜けてマサルが顔を覗かせる。
一体どこから説明すればいいのか…何が起きたのか俺にもよくわからないので、説明するのをやめようと思う。
マサルの部屋の天井が爆発した。以上。


「たった15文字で説明終わらすな!!なんだこのやる気ないナレーション!?」


吸い込んだ煙をごほっと吐き出してマサルが吼える。
その時吹き抜けになった天井に、キラキラと光の粒子が舞い降りてきた。


「―着陸予定地は。」


ポカーンと目を丸くするマサルが見上げた先には―


「……瓦礫の下だったか?」


体格の良い、おっさんだった。





「知香ーー!!空からおっさんが!!!」
「マサル兄ちゃん、何騒いでんの…?」

ドアを開けた知香の目に入ったのは、瓦礫の山に埋もれる兄の姿と光り輝くおっさんが一人。

「アグちゃん、下でお姉ちゃんたちにお茶淹れてあげよう。」
『お菓子も食っていいかー?』
「お前らあああああああああ!!!!」

この家で一番常識的で冷静な分析の出来る妹は、現実を否定したのだった。
知香…兄ちゃんはお前をそんな殺生な妹に育てた覚えは無いぞ…あの頃のお前あんなに澄んだ瞳をしていたじゃないか。


「すいませーーーーん!!隊長〜〜〜〜〜!!!!」
「お怪我はありませんか!?」


部屋のドアを叩き破るかのように突入してきたのは天使御一行。
そうか、だいたいお前らのせいか。

「怪我は無い、が…。やはり目的地より少々ズレたようだな。」
「すみません、隊長…。まだ転送装置が色々と不安定で…。」
「申し訳ありません。すぐに対処します。」
「うむ。以後気をつけるように。」

忙しなくぺこぺことおっさんに頭を下げる淑乃。
失敗に痛手を感じながらも、凛とした態度を崩さないトーマ。

「…あんたが淑乃達の隊長さん?」
「ああ、そうだが…。……君は何故そんな所で埋もれているんだ?」
「あんたに埋もらされたんだよ!!!!」




***




「―なるほど。確かに今回の件、非常に興味深いな。」

知香が淹れた日本茶を啜りながら、淑乃たちの隊長―正確にはDegital Angelic Team Savers―通称DATSの薩摩廉太郎隊長は、淑乃のレポートに目を通す。

「隊長が今まで受け持った仕事の中で、こういう事態は…?」
「いや、無かった。ここ数千年、魔族に関わる事件は少なかったからな。」
「魔族より天使の方がよっぽどタチ悪ーぜ。風呂場に乱入してきたり、着替えに乱入してきたり、天井を突き破ったり。」

天井の応急処置を終え、ひとっ風呂浴びたマサルがタオルで髪を拭いながら愚痴を零す。
その言葉に薩摩はむぅ…と顔をしかめながら考え込んでしまった。

「マサル。目上の方に対しての言葉遣いがなってないな。」
「別に俺の隊長じゃねぇしー」

トーマに向かってべーっと舌を突き出す。
小学生か…と呆れた表情で妹が兄を見つめていたことは、アグモンだけが知っていた。

「それは完全にこちらの不手際だ。君には我々の『協力』を仰いでいることだし、何かお詫びをしなければ…。」
「そんな!そ、そういうのは私たちで何とかしますから、隊長は何もしなくても…っ」
「責任ならあの機械を開発した僕にあります。僕が、全て責任を取ります。」
「………。」

薩摩の眼光がサングラス越しにトーマを射抜く。
全ての責任を一人で取る気があるのか、と問うているのだ。
トーマは臆する事無く見つめ返し、コクリと強く頷いた。


「…ならば、この役割はトーマに一任する事にしよう。」


そう言って薩摩が懐から取り出したのは、一冊の本。
使い古した様子が見て取れる、年季の入った手帳だ。

「何ですか、これは…?」
「天界図書館で秘密裏に保管されていた禁書の一つだ。今回、特別に許可をもらって貸し出しする事に成功した。―これを、トーマに預ける。」
「禁じられた本…そんなにすごいもの、いったい何に使うんです…?」

トーマは真剣な面持ちで手帳を受け取り、中身を改める。
同じように中を覗き込もうとした淑乃をやんわりと止めて、薩摩は話を続けた。

「この事件には、謎が多い。そして、今まで遭遇し敵対してきた魔族も過去に例を見ない程に強力だ。事件を解決するには人員が…つまり、手駒を増やす必要がある。」
「戦闘員が欲しいんだな!?それなら、俺が戦ってやるぜ!」
「マサル!ちょっと魔族と戦った事があるからって、調子に乗らないの!」
「いや、マサル。君の『協力』が必要不可欠だと、私は考えている。大門大。本日付けで、君を特別調査員としてDATSに招待しよう。」
「ぇええ〜〜〜〜!!?」

開いた口が塞がらない淑乃とは対照的に、マサルとアグモンは瞳を輝かせた。

「よっしゃあ!隊長さんのお墨付きも頂いたことだし、これで魔族とケンカし放題だぜ!!」
『やったなアニキィ!これからもがんばろうなっ!!』
「最悪なんですけど……。」

揚々としてアグモンとハイタッチを交わすマサルの隣で、手帳を読み終わったトーマがすっくと立ち上がる。
それを合図に、薩摩も席を立った。

「―では、私はこの辺で失礼する。淑乃、トーマ。…そしてマサル。何かあったら、私に連絡するように。」
「「「はいっ!!」」」

三人が敬礼で見送る中、薩摩は転送装置に乗り帰って行った。
あの転送装置、行きもそうだが帰りは大丈夫なのだろうか。
まあ、俺が知ったことじゃないけど。

「〜〜………は〜。今日も一日疲れたわ。」

薩摩の姿が見えなくなったのを確認してから、淑乃はうんっと大きく伸びをした。

『淑乃、お疲れ様。お風呂いこっか?』
「…そうね〜。先にいい?トーマ。」
「うん。淑乃さんもララモンもお疲れ様。ゆっくり休んで。」
「じゃ、俺達も行くか、アグモン。」
『おう!』

二人が風呂場に向かって行ったのを見て、マサルもアグモンを伴い部屋に戻ろうとする。

「……マサル。」
「?」

呼び止められて振り返ると、そこには驚くほど真剣な表情のトーマが立っていた。

「後で話がある。君一人で僕の部屋に来てくれないか?」
「別にいいけど…。」
「じゃあ、後で。」

用件だけ伝えると、トーマはガオモンを伴ってスタスタと去っていってしまった。

『アニキ、何かトーマに怒られるような事でもしたのか?』
「してねえよ!……多分。」
『あんなおっかない顔のトーマ初めて見たぞ…アニキ、がんばってくれよ。何があっても、俺は助けにいかないからな。』
「この薄情子分!!」

アグモンにチョークスリーパーをかけながら、マサルは不安要素を思い返す。


(…あいつ、いったい何怒ってたんだ?……あ、もしかしてさっきリモコン投げつけた時の事か…?めんどくせぇな……仕方ない、一応謝っておくか…。)


白目を剥いたアグモンを抱え、マサルは部屋へと戻るのだった。