HERO




武蔵がデビルバッツから離れていったことで、一番泣いていたのは良ちゃんだ。

その大きな体を震わせて大粒の涙をこぼしている良ちゃんを、わたしはただ見ていることしか出来なくて。

そして、一番荒れていたのは妖一だ。
素直じゃない彼は、そのやり場の無い怒りとやりきれなさを抱えて、いつも何かに当り散らしていた。

じゃあ、わたしは。
わたしは、どうしていたんだろう。

アメフトを辞めて、高校も辞めてしまって、工務店を手伝うことをきっぱりと決めた武蔵からは、連絡さえも途絶えてしまった。
もともと一日に数えるほどもなかったメール。
部活の連絡以外は、時々、不意に声が聞きたくなったときしかかけなかった電話。
それでも、そのひとつひとつが大切で、一人の夜に武蔵の声を聞くことができるだけで幸せで。
不器用な文面から伝わる武蔵の優しさとか、あたたかさとか、そんなことを感じることの出来る、数少ない手段だったにも関わらず。
彼からの連絡は、ぱったりとなくなった。

だっていうのに、どうしたって涙は出てきてくれなかった。
鉛のように重く冷たい悲しみが胸にずしりとつかえて、じわじわとわたしをむしばんでいく。
悲しくて悲しくて仕方がないとき、人間というものは涙さえ出てこないものなんだということを痛いほど思い知らされた。
大声で泣いて、悲しみもつらさも全部吐き出して。
見るもの全てに当り散らしてしまいたいのに。
そんなことすらも、できなくて。

ただ、心にぽっかりと開いた大穴から、冷たい風が抜けていくような。
そんな欠落感を抱きながら、日々を過ごし、マネージャーとしての仕事をこなし。
夜は、去年の誕生日に武蔵がくれたハート型の抱き枕を抱えてベッドに逃げ込んだ。


抱き枕のくせにこれじゃ抱きにくいよ、なんて憎まれ口を叩きながら、本当はこみあげてくる嬉しさを隠してうつむいたあの日。

そうか、でもルフィアはこういうの好きだろ。
そう言って頭を撫でてくれた武蔵の手のあたたかさ。
浅い眠りの中で見るのは、幸せだったことばかりの、けれどもう戻ってこない日々の夢。
急速に浮上する意識の中で思い出したくない現実に気が付いて、長い夜を一人、ベッドの中で震えていた。


時折部室の工事で武蔵の姿を見かけるようになっても、彼はわたしを見ようとはしなかった。
声をかけようとすればふらりとかわされ、見向きもされない。


『……武蔵!』

『…………』


彼が何も言わずにわたしの隣を素通りして行った、あの瞬間。

それでようやく、理解した。

ああ、そうか。
終わり、なんだね。
わたしたちのことは、なにもかも。



だから。
だから、ね。

ゴールラインまであと45ヤード。
くしくもあの時と同じ距離。
あの時と同じ状況で。
駆けつけてきたあなたを見たとき、どれだけ心臓が高鳴ったか。
1年半ぶりにあなたの瞳の中にわたしが映りこんだのを見たとき、どれだけ目頭が熱くなったか。


「ルフィア」


一人の夜。ずっとずっと焦がれ続けた、あなたの声で呼ばれた名前に、どれだけ。


「……遅くなっちまったな」

「む、さし」

「……決めてくる」


一言そう言って、ユニフォームに身を包んだ武蔵はグラウンドに歩いていった。
大きな背中。11番の背番号。あの日のキックティ。
動き出した、わたしたちの時間。
彼の蹴った渾身のボールは、特大の放物線を描いて空を舞った。
わたしたち4人の、1年半分の思いも乗せて。


「……ルフィアちゃん」

「え、」


まもりちゃんの声に気がつくと。
視界がぐずぐずにぼやけていて。
わたしの目からは、とても熱い何かが、こぼれていた。
泣いているんだ、わたし。
理解したとたん、いままでの思いが一気にあふれ出す。


「ッ……」


悲しみも、苦しみも、痛みも。
すべて洗い流すように。
喜びだけをただただ、実感するように。
堰を切ったようにあふれる涙は、止まることを知らず。


試合終了を告げるホイッスルが鳴っても、私の涙は止まらなかった。
それどころか、西部にあと一歩及ばなかったその現実が壊れた涙腺にさらに拍車をかける。


「……ひどい顔だな」


不意に視界が陰になって。
降ってきた声に顔を上げると、会いたくて会いたくてしかたがなかった彼が、優しい顔でわたしを見下ろしていた。


「ばか……なんで……なんで……!」

「……すまん」


また、彼が幻のように消えてしまわないようにと。
泣きじゃくりながらその逞しい胸に必死ですがりついた。
すると武蔵は、わたしの体を力強く抱きしめ返してくれて。


「お前の声、聞いちまうとな。決心が揺らいじまうのが分かってた。……学校でお前の顔見ちまうのも、正直ヤバかった」

「……」

「本当に、悪かった。ルフィア」

「……ばかっ……バカだよ、武蔵は……」

「……そうだな」


背中に回った腕の力が、また強くなった。
ああ、きっと彼も。
わたしの存在を、もう一度その腕で確かめようとしてくれてる。


「ずっと、待ってた……」

「…………」


ごしごしと涙をぬぐって、顔を上げる。
まだ少し視界はにじむけれど。
不器用な彼の微笑みは、あの頃と何も変わらない。


「……おかえりなさい……!」

「……ああ。ただいま」


再び、きつく抱きすくめられて彼の胸に顔をうずめる。
あふれる涙はもう、幸せの味しかしないから。
デビルバッツのみんなの歓声が爆発するのを聞きながら、もう一度彼の胸で、おかえりなさいを囁いた。


fin

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