浅はかだと笑え




夜の色を纏う私達は、日の当たる場所には生きられない。
そんなことは、もうずっと昔から知っていた。
照準(スコープ)を覗くたび、自分が消えていくこと。
引き金を引くたび、戻れなくなっていくこと。
その一つ一つが、私達にとっての糧であり、鎖。

昼の世界に生きることに、抱いていた幻想。
それも、気付かないうちに色褪せていた。
普通であるということがどんなに難しいことなのか、闇を知り過ぎた私はよく知っていたから。
けれど、広がる闇はどこまでも深い。
足下を照らすか細い光すらない中で、静かに引き金を引くこと。
その乾いた重みが、無性に苦しくなることだって、ある。


「世界って残酷だね」

「今に始まったことか」

「人は平等だなんて、誰が言ったんだろう」

「何を分かりきったことを」

「でも、光の中で生きる人もいるよ?」

「フン。俺達にとって光の中に生きることに何の意味がある?」

「意味、か。……うん。意味なんてないのかもしれないね、いつだって」

「ならくだらんことを口にするな」

「ん……ごめんね」


機嫌悪そうに煙草に火をつけて、ジンはそれきり何も言わない。
そんな彼の隣で、私も何も言えなくなる。

くだらないこと、か。
無言で心に絡み付く感情。
言い表すには難しい。でも強いて言葉にするならば、不安。
どうしようもない悪夢にうなされて飛び起きた時のような、そんな行き場のない焦燥。

いつしかこの闇のなかにひきずり込まれてしまうような、
そう。そんな不安に私は


「おい」

「ん、」


唇に重ねられる熱。
いつものように強引で、いつもより少し優しいその口付けは、重厚なシガレットフレーバー。


「…………ジン」

「ありもしない不安にかられる必要がどこにある?彼方」

「……ジンは、強いからそんなこと言えるんだよ。私は怖い。私が、私でなくなるような気がして。ねえジン。私、気が狂いそうだよ」

「馬鹿なことを」

「……どうしてそう言えるの?」

「お前はお前だ。この先も何一つ変わることはない。変わらずにお前は俺の隣にいる。分かりきったことだ」

「それは願望?」

「確信だ」

「……なら、ジン。もしもいつか、私が私でなくなったら、そのときは。あなたの手で、殺してくれる?」

「……お前がそれを望むのなら、考えてやらんこともない」

「ふふ……なら、良かった」


同じ夜を纏った彼の胸に、身を寄せる。
冷たい、けれども安堵を誘う温度。
嗅ぎ慣れた煙草と、髪を撫でる彼の指先。
それだけで、重苦しい感情が少しずつ薄れていくような。


「ちゃんと連れて逝ってね?ジン」

「愚問だ」





懐かしい日を思い出していた。

乾いた銃声とともに、掻き消えていく意識。
左胸を貫通した彼の弾丸は、私の心も貫いたようだった。
右手に握ったトカレフの引き金は、どうやら引かずに済んだみたい。


ありがとう。
ちゃんと、殺してくれた。


急速に霞んでいく視界の中で
彼は、少しだけ悲しい目をしていたような


fin
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