歪曲プリンセス




子供のころ、絵本の中のお姫様に憧れた。

キラキラ輝くドレスを着て、頭には金細工の冠を載せる。
昼には好きなだけお菓子を食べる。宝石のようなフルーツののったケーキにクッキー、冷たくて甘いアイスクリーム。
夜には舞踏会に出て、素敵な王子様と恋に落ちる。そして二人は幸せに暮らす。
めでたし、めでたし。

組織の存在なんて欠片も知らなかった私は、そんな陳腐なストーリーのお姫様を、夢のようにすばらしい存在なんだと無邪気に信じきっていた。

自分もそんな風になれたら

幼い少女なら誰しも願う夢を、私自身も確かに描いていた。


「ご苦労だったな」


暗闇の中からかけられた声。
すでに骸となった今夜の標的を背にしたまま、私は闇を見据えて少し笑った。


「迎えに来てくれたの?」

「ほんの気まぐれだ」


目の前の闇から現れた彼は、やはり同じ闇色の衣を纏っていた。
今の私と同じ、夜を映した色。
お姫様を迎えに来る王子様とは、正反対の色。


「ありがと、ジン」


右手に握ったままだったトカレフをホルスターにしまって、私はその闇の中に飛び込んだ。
鼻をかすめる、苦い煙草の香。
瞬間、胸の奥がつまるような、気が遠のくような、ありもしない錯覚に襲われた。
それが無性に心地よくもあった。


「あったかい」


顔をうずめたまま呟いたら、ジンは小さく笑ったようだった。



お姫様に憧れていた。
美しく、汚れなく、幸せなプリンセスに。

そして、今。
世界の理不尽と人間の醜さを知ってしまった私は、もうお姫様になることは無い。
幼い日。たしかに高潔であったはずの私の魂は、当の昔に血と闇の色に染まってしまった。


「戻るぞ」


「そうね」


それでも、後悔はしていない。
おとぎ話の王子様ではなく、闇と同化するこの手をとったことを。
太陽の下で生きられないのなら、月の光も差さない漆黒の中で生きよう。

私が纏ったのは純白の絹繻子ではなく、どこまでも深いブラックなのだから。


fin
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