エデンで待っていて
39.2℃。
一瞬、この体温計壊れてるんじゃないかと思った。
注意深く二度見。やっぱり39度オーバー。
なんだか無性にムカついたから、ニヤニヤしながらベッドの横に座ってるニィ博士の顔に、体温計のとがった方を向けて思いっ切り投げつけてやった。
へぶっ、なんて声が聞こえた気がするけど、気にしない。きっと幻聴。
それにしても、こんな体温を記録したのなんて何年ぶりだろう。
ここのところ風邪らしい風邪を引いた記憶もない。
それくらい珍しい今日の高熱は、私の脳髄をぐずぐずに溶かしてるみたい。
再びベッドにもぐりこんでも、それだけの動作でどうしようもなく体がふらふら。
ああもう、なんだか素晴らしく頭がぼーっとする。
私ほんと、バカになっちゃいそう。あー。
「それ以上はならないから大丈夫だと思うよー」
ちょっ酷いんだけど博士。
多少は傷つくからもうちょっとオブラートに包んだ言い方してくれないかな。
しかもさりげなく人の心読んでるし。なに、あなたエスパー?エスパー博士なの?
「君、自分で口に出してるって自覚くらい持った方がいいんじゃないの」
「…………うるさい。博士なんか出てけ」
「あらら。熱出して辛そうだからせっかく傍にいてあげてるのに、ひどいなあ」
ニヤリ。口元に笑みを浮かべる博士。
それはいつものように人を小バカにしたアレで、だけどもなんだか少しだけ優しい。
「……やっぱ行かないで」
「ん。素直でいいね」
くしゃっと頭を撫でてくれる手はひんやり冷たくて、熱でぼうっとした私にはちょうどいいくらい。
いつになく優しい雰囲気の博士に、すごく嬉しくなったりして。
ついくしゃっと笑みがこぼれてしまう。
「博士。りんご食べたい」
「ああ、そこにあるから食べれば?」
「……剥いてくれないの?」
「僕が?」
「うん」
「仕方ないなぁ」
今日だけだよ、なんて言いつつ博士はテーブルの上の果物ナイフとりんごを手に取る。
博士の手の中に納まったそれは、真っ赤でつやつやで、とてもきれいな果実。
「ウサギさんがいい」
「はいはい。今日は一段とワガママだねぇ」
博士の手によって、手際よくくるくると形を変えていく真っ赤なりんご。
頭は熱でぼーっとして、ふらふらなのに、なんでだろ。博士が触れているりんごにちょっと嫉妬しちゃってる。
ああ違うか。
ふらふらだから、嫉妬してて、
冷たいのがひんやりだから、うらやましくて、つやつやで、
くるくる、りんごが
「蘭花。ダイジョウブ?」
「う、えっ?」
「心ここに非ずって顔してるよ。もしくはちょっとイッちゃってる顔かな」
「……う、るさいなっ」
うさぎの形に変わっていくりんごを見ていたら、少しめまいがして。
熱で火照った脳みそが、どろどろに溶けてしまうようなそんな錯覚を起こしていた。
「食べられる?」
「ん……あ」
「はいはい」
ベッドからゆっくり体を起こして、小さく開けた私の口元に、博士が苦笑しながらうさぎのりんごを運んでくれる。
しゃく、とうさぎの頭から一口かじると、爽やかな甘さがじわっと舌の上に広がった。
「ほひひい」
「そう?ならダイジョウブだね。味が分かるなら心配ないヨ」
くすくす笑って、それじゃあ僕も、と博士はりんごを口に入れた。
しゃくり。
しゃくり。
頭から咀嚼されていく真っ赤なうさぎ。
蜜で濡れた博士の唇に、嫌でも視線が釘付けになってしまって、
「うん?ナニ見てるの、蘭花」
「え、」
「そんなに見つめられたら、興奮しちゃうなあ」
艶やかに光る唇を歪めて、ドキリとするような笑顔で博士は笑った。
眼鏡の奥で、意地悪な瞳が確かに煌いたような気がした。
「ホント、食べちゃいたいや」
「な、に……んんっ」
言葉をつむぐよりも早く、博士の唇が降ってきた。
加減を考えない激しさで唇をむさぼられて、起こしていた体ごとベッドに縫い付けられる。
ぐらぐら。酸素不足で思考の追いつかない脳内。
熱いのは熱のせいなのか、それとも。
それはまさしく、飢えた獣に食べられているかのような錯覚。
捕らえられた舌を吸われ、ぬるりと歯列をなぞられ。
そのたびに香る博士のにおいと、むせ返るほどのりんごの甘さ。
吐息さえ博士に飲み込まれて、もう、何も考えられないくらいに、堕ちていって。
「っは……」
「ん、ごちそうさま。早く良くなるといいね?」
鼻先が触れる距離でにっこりと笑った博士の顔は、とても満足げ。
「お望みとあらば、もう一つどう?りんご」
ああ、また
fin