Seduce me




烏哭が自室の扉を開けると、香水にも似た強い香が彼の鼻孔を刺激した。
見れば、彼のベッドに腰かけて、蘭花が何やら指先を見つめて作業をしている。


「おかえり烏哭」


顔を上げずに言う蘭花の右手には、鮮やかな液体で満たされた小瓶。


「マニキュア?」

「うん」


ちょっとね、買ってみた。

そう言って蘭花は、色をのせ終えた左手を差し出す。
細い爪先を彩っているのは、少々強すぎるほどに毒々しい赤い色。
普段の蘭花からは想像がつかない、しかし決して似合っていない訳ではないその色に、烏哭は苦笑をもらした。


「珍しいね。蘭花もそういう色使うんだ」

「烏哭は嫌い?」

「いや?いいんじゃないの」


蘭花の隣に腰かけて、烏哭は蘭花の髪に指を絡める。
ちょうど右手にマニキュアを塗り始めたところだったので、蘭花は少し迷惑そうに首をすくめた。


「終わるまで待ってて」

「つまんないなあ」

「その辺で研究の続きでもしてたら」

「蘭花…忘れてるみたいだから言うケド、ここ、僕の部屋」

「そうね」


もはや、蘭花は生返事を返し始めている。苦笑した烏哭は、大人しく蘭花の様子を見守ることにした。
利き腕とは逆の手にブラシを握っているというのに、蘭花の手つきは淀みない。
丁寧に小指まで塗り終えたのを見届けると、烏哭は言った。


「足も塗るの?」

「そうね……ううん。やっぱり止めとくわ」


いま蘭花はタイトなミニスカートを履いている。
この姿でペディキュアなど塗り出せば、どういうことになるかは蘭花も女性としてよく分かっている。
それを考えて蘭花は首を振ったのだが、ここで烏哭がニヤリと笑った。


「じゃあ、僕が塗ってあげるよ」

「……烏哭が?」


出来るの?という蘭花の問いかけに、まあ任せてと烏哭は蘭花の手からマニキュアの瓶をかすめとった。
自信あり気な烏哭に、蘭花も半信半疑ながら跪いた彼の前に右脚を差し出した。
その足を優しい手つきで掴み、烏哭は蘭花のつま先に赤い色を乗せ始める。
液体のひやりとした冷たさに、蘭花は思わず身体を震わせた。

自分自身で塗っているときよりも、幾分感触が異なる。
くすぐったいようなもどかしいような、どこか愛撫を思わせるような手つきに、つい声が漏れてしまいそうになった。
それに気付いた烏哭は、マニキュアを塗る手を止めて面白そうに蘭花を見た。


「どうかした?」

「別に……んッ」


蘭花が口を開いたとたん、烏哭の左手が蘭花の足をすっと撫で上げた。
すんでのところで声を飲み込んだ蘭花は、足元の男に非難めいた視線を送る。


「……烏哭」

「別に僕はヘンなことしてないでしょ?マニキュア塗ってあげてるだけなのに」


敏感なんだねえ。それとも淫乱?


笑みをこぼして烏哭が目の前の白い足の甲に唇を寄せると、なんとも恨みがましい声が降ってきた。


「いい加減に怒るわよ」

「はいはい。冗談が通じないなあ」


特に反省の色が見えなかったが、その後両方の足に色をのせ終えるまで、烏哭は至極大人しくしていた。
ベッドに腰を下ろしたままマニキュアを乾かしている蘭花の隣を再度陣取って、烏哭は彼女の手をとり、指先をしげしげと見つめた。


「どうかしたの?」


蘭花の言葉に、烏哭は薄く笑った。


「いや…よく似てるなあと思ってさ」

「似てる?」

「うん。血の色」


独特の艶を放つその赤を指先でなぞり、ゆっくりと自らの口元に持ってくると、烏哭は蘭花の爪先に舌を這わせた。


「なんかこう……そそられるんだよねぇ」


蘭花の指を唇に乗せたまま、烏哭は笑う。
すでに乾いた赤い色は、烏哭の濡れた舌先よりもまだ赤い。


「もちろん、蘭花限定なんだけどさ」


そう言って、烏哭は蘭花の身体を優しい手つきでベッドに沈めた。


fin
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