ゆきうさぎのきもち




昼前に止んでいた雪が、また降り始めてきていた。

向こう脛の高さまで積もった白銀を踏む足を止めて、私は空を見上げる。
どんよりとした冬の空からは、大粒の真綿のような雪。
舞い落ちたそれを手のひらにのせたら、少しだけ光を反射して溶けた。
ほう、と息を吐き出すと吐息は雪と同じ色に変わる。
見渡す限りの雪原。
私が残してきたもの以外、足跡もわずかな人影もなく。

野暮用を済ませるから先に行っていろと言って町に残った彼は、数時間が経った今も追いついてくる気配がない。


「つまんないなあ」


誰にともなく呟いて、私は背中から雪の上にダイブした。
ぼふん、と思いのほか軽い音を立てて、雪は柔らかく私の身体を包み込む。
この冷たささえ除けば、極上のベッドになってくれるだろうに。

空から舞い落ちる雪は、閉じた瞼の上にもうっすらと積もる。
音の吸い込まれた世界。
耳が痛くなるような静寂。
生き物の気配が何一つない白銀の中で、私はひとりぼっちになる。

雪の中に一人放り出されることの、どれだけ心細いことか。
彼の髪の色を思い出させるその色は、今の私には寂しく映る。


「何しとるモミジ。風邪を引くぞ」


目を開けると、そこには待ち焦がれた人の姿があった。
呆れたように私を覗き込んでいる彼は、いつもの着物の上に、いつの間に買ったのか厚手の羽織を着込んでいた。


「……遅い。今まで何やってたのさ」

「書き上がった原稿を編集のやつに渡しとったんだ。ちょうど、あの町に来とったみたいだったからのォ。
それより、お前さんこそ何しとるんだ」

「……雪と一体化?」

「はあ……寒さで頭でもやられおったか」

「うっさい。自来也のせいだバカ」


つんと顔を背けると、自来也はまた呆れたようにため息をついて、ほれ、と手を差し出してきた。


「行くぞモミジ。本当に風邪を引かれても困る」

「……ん」


握った大きな手のひらは、優しくて暖かい。
そのまま私を抱き起こした自来也は、冷てぇ手だのォと言って笑った。


「手袋の一つでもはめればいいだろう」

「いいの。責任持って自来也があっためて」

「こいつめ」


ガシガシと私の頭を撫でる自来也の笑顔は、心なしかいつもよりも柔らかく見えた。

そのまま、再び雪原の中を歩き出す。
でも、今度は一人じゃない。
人間なんて現金なもので、さっきまでは自来也に早く会えればそれでいいと思っていたのに、いざそのぬくもりに触れると、もっと近くに感じていたくなる。


「ねえ自来也」

「おお、どうした」

「おんぶ」


振り返った顔に両手を伸ばしてそう言うと、自来也はなんともいえない表情を浮かべた。


「モミジ……」

「いいから、おんぶ。もう歩くの疲れた」

「ったく、お前は……」


もう少し色気ってモンはねえのかのォ、なんてひとりごちながらも、自来也は羽織を脱いで広い背中をこちらに向けた。


「ほれ」

「わーい」


喜び勇んでその背にしがみつくと、とたんにぐんと視界が高くなった。
自来也は背負った私の上から羽織を着て、また歩き出す。
自来也の背中のぬくもりに包まれて、どことなく湯に浸かっているときのような心地よい感覚が湧き上がった。


「ふふ。あったかい」

「そりゃあなによりだ」


楽しそうに笑う自来也の声が、背中から伝わって身体の奥に響く。
どんな子守唄よりも、それは心地よくて。
寒ささえも忘れてしまいそうな暖かさで、思わず眠ってしまいそうになる。
幸せってこういうことかな、と少し働かなくなってきた頭でちらりとそう思った。


「……里も、積もってるかな」

「そうだのォ。ここ最近はまれに見る大雪だからの。ワシらが着く頃には、木の葉も雪に埋まっとるかもしれんな」

「着いたら、まず一楽のラーメンね。もちろん自来也の奢りで」

「仕方ねえのォ。ナルトのようなことを言いおって」

「やったーチャーシュー麺大盛り味玉追加ー!」

「こら、味玉までは許可してねーのォ!」


雪はまだ、止まない。
空は相変わらず分厚い雲に覆われているけど。
何故だか、さっきよりもその色が明るくなった、気がした。



fin
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