メロウ
「かんぱーい!」
昼の激務を全てこなして、もうすっかり日の落ちた夕刻。
かねてから約束してあった酒盛りを行うために、彩は乱菊の部屋を訪れていた。
乱菊とは、上官兼恋人の京楽を通して意気投合し、いまでは気の置けない大の親友でもある。
時間が合えば、二人で買い物に出たり酒盛りをしたりするのだが、ここ最近は互いの時間が合わず、こうして二人で酒を呑むのは久方ぶりだった。
「さあ、今夜は呑むわよー!彩もほら!じゃんじゃん呑む!」
「はい!それにしても今夜の乱菊さん、テンション高いですねー」
「当ったり前じゃない!久しぶりに彩と女二人で呑めるのよー?あんたを誘おうとすると、いっつも京楽隊長がかっさらってっちゃうんだもん」
「かっさらうって……まあ、たしかに隊長に付き合わされることは多いですけど……乱菊さんも一緒に呑めばよかったじゃないですか」
「あら、あんたあたしにそんな野暮なことさせる気ー?」
猪口の中の酒を景気よく飲み干してから、ほんのり赤ら顔の乱菊はずいっと彩に顔を寄せ、ニヤリと笑った。
「お熱い二人の間に割って入って呑んだりしないわよー」
「乱菊さん!」
月の綺麗な夜長に、女二人の酒盛り。
肴に上る話題と言えば、やはり色恋の話と相場が決まっている。
こうして、酔いの回り始めた乱菊の、容赦のない追求が始まったのである。
「で?実際どこまでいってんの?」
「じ、実際って……」
「まっ、聞くまでもないわねー」
「もう!乱菊さん酔ってるんですか?」
「はあん?まだまだ酔ってなんかないわよー!夜は長いんだからね。ほら、あんたも呑みなさい!」
酔っぱらいの酔っていない発言は何より当てにならない。
が、断るのも悪いと思い、勧められる(押し付けられる)ままに彩は杯の数を増やした。
もともとそれほど酒に強い訳ではない彩。こうもハイペースに呑まされると、やはりそれだけ酒の回りも早くなるわけで。
『魔王』と銘打たれた一升瓶をあれよあれよと傾けられ、彩の頬はすっかり逆上せたように紅に染まった。
「で、ちゃーんとヤることはヤってんでしょー?実際どうなの?京楽隊長は」
「実際って……何がですか」
「そりゃああんた、隊長の性癖とかそんなんに決まってるじゃない」
「せ、せい……!?」
「そんなんでいまさら恥ずかしがってんじゃないわよ。どんな感じなの?じゃあ、隊長の好きな体位とか」
「たいいって……!」
強いアルコールによる強烈な酔いも相まって、彩の脳内は既にオーバーヒート寸前である。
が、この反応にいけると見た乱菊は、さあさあとさらに酒を勧め、言葉の先を促した。
「そうよ、体位!どんなの要求されんの?彩は恥ずかしがりだからねー、やっぱりノーマルに正常位?それとも京楽隊長の趣味全開な激しいヤツ?ほら、赤くなってないで答える!」
「え、あ、う……えっと…………」
「全くはっきりしないわねー。じゃあホラ、あんたの好きなのは?」
「わ、たしは……その、ふつう、のがいいです…」
「やっぱりねえ。でもたまには他のもシたいとかって言われるんでしょ?分かってんのよそのくらい!」
「あう……隊長は、えと……わ、私を、後ろから抱っこしてする、のが、好きって……あと、たまに、「上に乗ってみてほしいなぁ」って……っ!乱菊さん!何てこと言わすんですか!」
「んもう!照れなくたっていいじゃないのよ。ほらほら、まだ呑めるでしょ?」
ニヤニヤと心底楽しげな笑みを口元に浮かべつつ、乱菊はさらに彩の杯に酒を注ぐ。
対する彩の方も、急激に回ってきた酔いで普段ほどの歯止めが効かなくなってきているようだった。
「隊長もあれでかなり独占欲強そうだもんねー。色々と面倒なこともあるんでしょ?実際」
「……そりゃ、大変です……こないだなんて、私が書類のことで五番隊の人とお話してただけで機嫌悪くして、その……いろいろ、ありましたし……他にも仕事しないでサボってばっかりだし、お酒の量もぜんぜん減らしてくれないですし……あと、ひ、人前でくっつかれたりすると……は、恥ずかしいですし……」
「ああ、分かる気がするわ。二人でいるときはたいてい隊長の傍から離してもらってないもんねぇ。でもあれ、他の男に取られたくないっていうのもあるんだと思うけど?あんた自分じゃ知らないかもしれないけどね、瀞霊挺内で結構人気高いんだから」
「っえ!?そんなの、きいたことないです……」
「だろうと思った。こないだ女性死神協会で調べたアンケート結果だと、「恋人にしたい死神」、それと「妹にしたい死神」ランキングでトップなんだから。隊長が独占したくなるのも分かるわよ」
「うう……」
嬉しいやら、悲しいやら。
混乱する気持ちを抑えるためか、彩は無意識で手の中の杯を傾けていく。
しかし言わずもがな、逆効果。
すっかり出来上がってしまった彩は、目はとろんと潤み、もはや呂律も危うい状態になっていた。
これはちょっとやりすぎてしまったか、と反省した乱菊だったが、ちょうどこのとき、自室の外にわずかな霊圧を感じた。
(あらあら……)
その霊圧の主に気付いた乱菊は、彩に気付かれないように小さくほくそ笑んだ。
完全に酔いの回った彩は、霊圧の存在にさえ気付いていない。
「……でも、彩だって京楽隊長のことが好きだから一緒にいるわけでしょ?具体的にどんなところが好きなわけ?」
「どんなって……いろいろ、れすよぉ……」
「だから具体的にって言ってるでしょー?勿体ぶらないで教えなさいよ、ほら」
「ん……やさしいところ、とか……いっぱいいっぱい、ちゅーしてくれるところ、とか……。あとあと、ぎゅーってしてくれて、あったかくって、あ、ひげは、すりすりってされると、ちょっといたいからきらい、かも…………でも、だいすきらよーって、いつも、いっぱい、いってくれて……すごく……うれしい、れす……!」
にこにこと話しながら、だんだん眠くなってきたのか。彩の言葉はしだいにたどたどしくなっていき、しまいにはゆっくりと船をこぎ出した。
そろそろ許してやるかな。眠りに落ちかけている彩の体を畳の上に寝かせてやりながら、そんな思いで、乱菊は最後の質問を彩に問いかけた。
「それじゃ、彩も京楽隊長が好き?」
「はい!……きょうらく、たいちょ……だいすき、れす、よぉ…………」
おやすみ三秒。
あっという間に夢の中に旅立って行った彩に苦笑して、乱菊は背後の襖に向かって言った。
「……だ、そうですよ。京楽隊長!」
「…………」
ゆっくりと襖が開かれる。
気恥ずかしそうに、しかし心底嬉しげに口元を緩めた京楽が、そこに立っていた。
「バレちゃってたか……」
「あれだけ霊圧乱れてればバレバレですよ。こっちは笑いこらえるのに必死だったんですから!……よかったですね。隊長!」
「ふふ……ありがとう」
乱菊に礼を言って、京楽は畳に横たわってすやすや眠る愛しい恋人に目を向ける。
酒で顔を真っ赤に染めた彼女は、幸せそうな寝顔を浮かべていた。
「さて、彩も寝ちゃったことだし、私これから一人で呑み直しますからー……隊長。彩、隊長の部屋に連れてってあげてくれます?ちなみに、今夜のことは高くつきますよー」
「……参ったねぇ、どうも」
―だいすき、ですよ―
眠りこける彩を抱き上げると、あたたかな温もりとともに、さきほどの可愛らしい告白が京楽の脳裏をかすめる。
「僕もだよ、彩ちゃん」
fin