ひらり、



布団からはみ出した寝間着の肩の冷たさが、ちょうど浅くなっていたらしい眠りから僕の意識を浮上させた。
冬の朝というものは、布団の中と外気とのこの温度差がどうもいけない。
未だ重いまぶたを開けると、すぐ目の前には彩ちゃんの安らかな寝顔。
冷えた外気に触れている肩とは対照的に、腕の中の彩ちゃんの小さな身体はまるで幼子のように温かい。

よかった。
静かに眠る君の身体が、寒さに震えていなかった事に安堵する。

起こしてしまわないようにごく優しく、彩ちゃんの黒々とした髪を撫でると、眠りの中にいる彩ちゃんは口元に柔らかく笑みを浮かべて、くすぐったそうに小さく身じろぎをした。
夢の中でも、こうして幸せそうに笑っているといい。

つられて笑んだ僕の目にふっと映り込んだのは、彩ちゃんの右頬に貼られた、白い大きな絆創膏。
真新しいそれに思わず指先で触れて、こみあげた言いようの無いやるせなさを、僕はため息とともに吐き出した。



『ただいま戻りました』


昨日。
虚討伐から戻ってきた彩ちゃんの頬にはすでに、この大きな絆創膏が貼られていた。
驚いて問いかけた七緒ちゃんに、君は困ったような笑みを浮かべて、ただのかすり傷ですと答えたのだ。
その後僕と目が合うと、ふっと一瞬目をそらした君。きっと、自分でも無意識だったのだろうけど。
僕の心にひっかかるには十分すぎた。

あの後、彩ちゃんと共に討伐に行った隊士の一人を捕まえて聞いてみたら、白状した。
最近入ったばかりの新人君、何と言ったか、とりあえずその新人の彼がいきがって、一人で飛び出していったのだという。
討伐隊の小隊長を務めていた彩ちゃんの制止を無視して。
結果返り討ちに合いそうになった所を、彩ちゃんが身を挺して守ったのだと。その頬を、虚の鋭い爪に深々と切り裂かれて。



夜になって一つの布団に入っても、彩ちゃんは傷のことを話そうとしなかった。
だから、僕も何も聞かなかった。
何も聞かず、ただ、いつもよりも執拗に、君を求めた。

誰よりも優しくて、何よりも他人が傷つくことが嫌いな彩ちゃんは、時々こうして、自分の身を無碍にしてしまう。
でも、分かっていてほしいのだ。

君が傷つくと、悲しむ男がここにいるのだということを。
君が作ってきた傷に、情けないほど動揺する男がいるのだということを。
誰よりも何よりも、君を愛おしく思う男がいるのだということを。
そしてそれは他の誰でもない、僕であるのだということを。

言葉にならないその思いを、彩ちゃんは受け止めてくれていた。
勘のいい君はきっと、僕が傷の理由を知っている事に薄々気付いていたのだと思う。
だからこそ、なのか。
僕の背に回された細い腕が、いつもより熱を持っているように思えて。
快楽に震える身体が、どこか泣いているように見えて。

どうしようもなく、君を掻き抱いた。



僕の霊圧の揺れを感じ取ったからだろうか。

気がつくと、深い眠りにいたはずの彩ちゃんが、不安そうな、しかしまだ眠気を孕んだとろりとした眼で僕を見つめていた。


「春水さん……?」

「ああごめんね、起こしたかな」

「いえ……大丈夫です。……どうかしましたか?」

「や、僕も大丈夫だよ。おはよう、彩ちゃん」


前髪を優しくかき分けて、額に口付けを落とすと、彩ちゃんは安心したように笑った。


「おはようございます……今朝は早起きなんですね」

「寒くて目が覚めちゃってねえ。彩ちゃんの寝顔見て温まってたよ」

「もう。朝から何やってるんですか……」


照れて目を伏せる彩ちゃん。
その頬には、やはりどうしたって目に入ってしまう、白。


「春水さん……?」


気付けば、その白を覆い隠すように、手のひらで彩ちゃんの頬を包んでいた。


「傷、痛むかい?」

「……いえ、もうだいぶ平気です。本当にかすり傷でしたし、」

「“本当に”?」

「え……」

「……ねえ彩ちゃん。もし、僕がある日突然、大怪我して帰ってきて、かすり傷だよって笑ったら、彩ちゃんどう思う?」

「…………悲しい、です」


まっすぐに見つめた瞳が、じんわりと涙で揺れている。


「僕、たぶんいまの彩ちゃんと同じ気持ちだと思うよ?」


君が僕を思って瞳を涙で濡らしてくれるように。
僕も君の事を、何よりも大切に思っているから。


「彩ちゃん。隠し事をするななんて言わない。君は自分の信じたままに生きればいい。だけど、ね」


もっともっと、自分を大切にしてほしいんだ。
彩ちゃんが傷つくと、僕は悲しいんだよ。
それが例え、どんなに小さな傷であったとしてもね?
彩ちゃんも知っての通り、僕は彩ちゃんのことしか見えちゃいない。…本当、情けないくらいにさ。
自分の事を大切にして、生きていてほしいんだ。
僕の為に、なんておこがましい事は言わないけど、何より、彩ちゃん自身の為に。
愛してるよ、彩ちゃん。
だから、そんなに、泣かないで?


「春、水さん……っ、ごめ……なさ……」


「僕こそごめんよ。……泣かせる気はなかったんだけどねえ……」


ぽろぽろと布団の上に涙を零す君は、僕の胸にすがってまた泣いた。
そのぬくもりが、とても優しくて、温かくて。
僕の心までも、濡らしていくようで。


「……こんなに目腫らせて…ごめんよ、彩ちゃん」

「い、え……」

「……よし、今日はもうこのままサボろうか」


とたんに、君の嗚咽が引っ込む。
真剣な眼差し。


「……“京楽隊長”、それは良くないです……」

「またまたあ、たまにはいいだろう?“夜桜四席”?……それに、」


彩ちゃんの泣いた顔、他の誰にも見せたくないから、さ。



fin
冴羽久美さんへ
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