それを愛と呼ぼう



「だ・か・ら!あたしはもう絶対!京楽隊長とは口きかないの!」

「彩、なにもそこまでしなくてもいいでしょうに」

「乱菊さん!あの人にはそのくらいしないと効きやしないんだから!」

「そうは言ったってねぇ」


お茶請けの煎餅を豪快に噛み砕きながら、彩は尚も憤然としていた。
何やら肩を怒らせながらながらやってきてから、ずっとこの調子である。
その様子を見ながら、乱菊や七緒といった面々は、何やらおかしそうに顔を見合わせていた。

女性死神協会の会議室では、会議と称した三時のお茶会が催されていた。
今日も、多数の女性死神たちが参加している。
無論、隊士である彩も、午後の仕事を全て部下たちに押し付け……もとい任せて、こちらに出席していた。
彩に書類の山々を示された部下たちは、恐々とした彩の様子に半泣きだったと言う。
だが、そんな彼らにも一つ気が付いたことがある。
彩の銀の髪に映えるように、薄桃色の長い襟巻きが、隊舎を出て行く彩の首に巻かれていたのである。
今日は特に寒いわけでもないから、はじめは体調不良を疑った。
が、勢い込んで会議に向かった彼女に、そんな様子は見られない。
書類の山に埋もれつつ、部下たちは首をひねる思いだった。



「でもさ彩。あんたは嫌がってるけど、こればっかりはしょうがないと思うわよ?京楽隊長だって男なんだし」

「男も女もない!恥ずかしいのはこっちなんだから」


ズズッと茶をすする彩の首には、未だ件の襟巻きが巻かれている。


「でも、今日のこの陽気で襟巻きは……」


控えめに七緒が声をかけると、煎餅をつまんだ乱菊も同調した。


「そうそう!逆に目立つだけよ、雪だるまじゃあるまいし。いっそのこと開き直って外しちゃいなさい。あたしたち誰も気にやしないわよ」

「あたしが気にするってば!」


再び声を荒げる彩。
さてどう機嫌をとるかと乱菊たちが悩んでいるところへ、会議室の扉が勢いよく開かれた。


「みんな、おっはよー!」


場にそぐわない明るい声。
室内の彼女たちはいっせいに扉を振り返った。

が、人の姿はない。ただの空耳のようだ。

というわけではなく。
各自が目線を大幅に下げたところに、桃色の髪を楽しげに揺らしたやちるが立っていた。


「おはようございます、会長」

「うん、おっはよー副会長!」


七緒に挨拶を返したところで、やちるは、いつもと様子の異なる彩に気が付いた。


「あれぇ?彩ちゃん、何で襟巻きしてるの?もしかして風邪ひいたの?」

「あ、ううん違うのよ。これは、その」


しどろもどろになる彩に、やちるはきょとんと首を傾げる。


「彩ちゃんヘンなのーっ。そんなのしてたら暑いよ?あたしがそれ取ってあげる!」


言うが早いか、フットワークの軽いやちるはぴょんと彩の肩に飛び乗ると、襟巻きを掴んで引っ張った。


「ちょっ、やちるちゃん!やめなさ……っ……!」


彩が止めるまもなく、薄紅の襟巻きは無情にもはらりと宙に舞った。
同時に、露わになる彩の白い首筋。


「あれー?彩ちゃんこれどうしたのー?」


肩に乗ったやちるが指さしたもの。
それは、彩の首筋に点々と付いた赤い痕だった。
もちろん、見る人が見れば一目で分かる、それは


「あれですよ会長、キスマー」


く、を言い終わる前に背筋を疾走った猛烈な悪寒に、乱菊は硬直した。
恐る恐る視線をやちるからずらすと、般若のような形相の彩が乱菊を見つめていた。
口元は薄く笑みを浮かべながらも、顎を引き、完全に座った目でこちらを見つめている。
それはもう、じっとりと。


『乱菊。言ったら、コロス』


乱菊は、般若もとい彩の、聞こえてはいけない心の声が聞こえてしまった気がした。


「あっ……あの、蚊に刺されたらしいです!」


固まってしまった乱菊に変わり、慌てて七緒がフォローに入る。


「この時期に蚊がいるか!」


が、一声吠えた彩の怒声に、七緒はビクンと小さくなった。
もはやフォローの仕様もない。
彩から発せられる殺気が一層濃さを増した、その時。


「そっかぁ!彩ちゃんも蚊に刺されたんだー♪」

「………は?」


思いもよらないやちるの嬉しそうな言葉。
これには彩以下、女性死神協会の面々もきょとんとしてやちるを見た。


「だって剣ちゃんも昨日、蚊に刺されたって言って大騒ぎだったんだもん!夜中に起きて大変だったんだよー」

「………」


一瞬一同の脳裏に、剣八が寝間着姿で蚊を追いかけている姿が浮かんだ。
……浮かばなければよかった。


「彩ちゃんいっぱい刺されたんだね!痒そーっ」

「そう、そうなの。凄く痒くて」


とりあえず、やちるが純粋でよかった。
そして剣八にありがとう。
今度、十一番隊に差し入れでも持って行こうと考えた彩だった。
とりあえず嵐が過ぎ去ったと、一同がほっと胸をなで下ろした、その時である。
会議室の扉が控えめに叩かれたのは。
同時に、外の霊圧を感じ取った彩の顔が再び般若を形作ったのは。


「会議中悪いねぇ。彩ちゃん、いるかい?」


扉越しにかけられた声は、誰あろう京楽春水である。
突然の隊長の来訪に、七緒は彩をちらちらと気にしながら返事を返そうとした。


「えっと……その、」

「いません」


七緒が言いかける前に、きっぱりと言い放ったのは彩本人。
扉の向こうの京楽も、少々困ったようだった。


「……て、彩ちゃんの声で言われてもなぁ」

「いません。来てません。お引き取り下さい」


とことん突き放した彩の態度に、乱菊も七緒も、ため息をつくばかりである。
それは、突き放されている京楽自身も同じであるらしかった。


「とりあえず…ここを開けてもいいかな?」

「どうぞ。その前に始解します」

「それじゃあ出てきてくれるかい?」

「この近辺に京楽隊長の霊圧がなくなり次第、喜んで」


取り付く島もないとはこのことである。
この膠着状態の中、動いたのは意外にもやちるだった。


「彩ちゃんたち、喧嘩してるの?」


ぴょんと彩の肩に飛び乗り、やちるがその顔をのぞき込む。


「喧嘩は駄目だよー?」

「……でもねやちるちゃん。悪いのは京楽隊長なの」

「それでも駄目。ちゃんと仲直りしなさい!」


いつも天真爛漫なやちるに真剣な目で諭されては、流石の彩も折れるしかない。
肩からやちるを下ろすと、渋々ながら、彩はゆっくりと扉を開けた。


「やっと顔見せてくれたね」

「……やちるちゃんに免じて、です」


部屋から出ながらも、未だ憮然として顔を上げようとしない彩に苦笑しつつ、京楽は言った。


「場所を変えようか」




やってきたのは京楽の自室。

朝出たときのまま、敷きっぱなしの二人分の布団に目をやらないようにしながら、彩は畳に座った。
同じく向かいに座した京楽の顔は、相変わらず見ない。


「まだすねてるのかい?」

「怒っているんです」


素っ気なく答えて、つんと顔を背ける。
露わになった首筋には、未だ赤い花が点々と咲いている。


「参ったな……機嫌直してくれないかい?」

「謝罪と反省が先です」

「ううむ」


再び参ったなと呟いて、京楽はすすっと立ち上がると、彩のすぐ隣に座って囁いた。


「こうでもしておかないと、君が他の誰かに盗られやしないかと心配なんだよ」

「………」


今まで見ないようにしていた京楽の顔を、怒った表情を少々和らげた彩はゆっくりと見上げた。


「……でも、首に痕つけられた隊長じゃあ、部下たちに示しがつきません」

「そんなことはないさ。君の隊は優秀だからね」

「……ですから」


グイッ

隣に座る京楽の襟元を強引に抱き寄せると、彩はその首筋に唇をあてた。


「………京楽隊長にも、同じ目にあってもらいましょうか」

「……彩ちゃん……」


二度目は、もちろん唇に。




「彩ちゃんたち、仲直りしたんだねっ!」

「おかげさまでね」

「元はといえば京楽隊長のせいですけど」

「あ!今度は2人とも蚊に刺されたんだー♪首にいっぱいついてるよー!」

「………」


それから数日間、季節はずれの蚊に刺された二人の話は、あちこちでふれまわったやちるによって、噂され続けることとなった。



fin
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