禁酒宣言



「ああ……頭が痛いよ」

「当然です。二日酔いなんですから」


僕の枕元に正座して、羽織を繕う彩ちゃんに、ありったけ悲痛な声を漏らしたら、至極冷静にぴしゃりと返された。


「酷いよ彩ちゃん……そこでもっと気遣って欲しかったなぁ」

「御自分で二日酔いを招かれたくせに、何を仰いますか」


澄ました顔で、パチンと糸を切る彩ちゃん。
なんだか最近、言動が七緒ちゃんに似てきたみたいだ。


「大体、私は昨日はっきりお止めしたじゃないですか。
飲み過ぎはお体に触りますからと、どれだけ口五月蝿く申し上げたことか。それなのに、聞き入れて下さらなかったのは京楽隊長ですよ」


大体そこで一緒にお止めして下さらない、乱菊さんも乱菊さんです。

彩ちゃんのお小言で、乱ちゃんは今頃、くしゃみの発作だろうか。
よっこらしょと起き上がりながら、僕は小さく謝罪の言葉を述べた。


「いやぁ、面目ない……」

「全くです」


きっぱりと言ってのける姿は貫禄がついて、
どうにも七緒ちゃんを反映させるねぇ。さすが、普段から息のピッタリな二人だ。


「隊長、何をニヤニヤされているんです?」


ああまずい。顔に出てたみたいだ。


「もう治ったんでしたら、いまからでも仕事に出ていただきますが?」

「いやいや。まだ頭痛が…」


いてて、と頭を押さえる僕を、彩ちゃんは疑わしげに見た。
本当に調子良くないんだけどねぇ…
やっぱり彩ちゃんの言うとおり、あまり呑み過ぎなければよかったな。


「そういえば、彩ちゃんはよく平気だね?君も昨日、しこたま呑んでいなかったかい?」

「まあ……お酒は強い方ですので」


少し口元を緩めて、彩ちゃんは、はにかんだ微笑を浮かべる。
花の蕾が開くときのような、この柔らかな笑顔が、年甲斐もなく好きなんだ。


「ですけど、それにしたって隊長は呑みすぎなんですよ!」

「自分を棚に上げちゃあまずくないかい?」

「私はいいんです。少なくとも隊長よりは強いですから」

「そうかな?じゃあ今度、呑み比べでもしてみようか」

「ダメです。大方呑み比べにかこつけて、散々呑まれるおつもりでしょう」

「ありゃ」


バレちゃったか……
そう言って頭を掻いたら、そりゃそうですよと言い切られてしまった。
本当に、彩ちゃんにはかなわない。


「隊長、本当に……お酒はほどほどにしてくださいね?
隊長がこうして二日酔いで休まれることは、隊の志気にも関わってきますから」

「んーそれは大丈夫なんじゃない?最近は七緒ちゃんと彩ちゃんが、しっかり仕切ってくれてるしね。感心、感心」

「感心、じゃありません!自覚あるんですか、全く……」

「そりゃあ勿論あるよ。だからこうして、優秀な部下を頼りにしてるんだろう?」

「それとこれとは……っ」


更に言い返そうとする彩ちゃんの体を抱き寄せて、強引に口づける。
小さく開いた口から舌をねじ込み、逃げようとするそれを捕まえたら、みるみるうちに彩ちゃんの頬は紅に染まっていった。


「んっ、隊長……」


トントン、と苦しそうに僕の胸を叩く彩ちゃん。
唇を合わせたまま盗み見た、少し眉根を寄せた彼女の顔は、とてつもなく色っぽく見えて。
ついばむように、執拗に唇を合わせる。
絡めた舌先から、彼女の熱が伝わった。
同時に僕の想いも、届いているんだろうか。
甘い口内をじっくり味わわせてもらってから、名残惜しくはあったけれど、そっと唇を解放してあげた。


「っはぁッ……隊長!毎回毎回突然盛らないでください!しかもまだお酒残ってますね……」


お酒臭い……と恨めしげに呟く彩ちゃんに


「でも気持ち良かっただろう?」


にっこりと、笑顔で止めを刺してみる。


「っ………」


ほら、真っ赤になった。


「彩ちゃん可愛いねぇ」

「もう!からかわないで下さい」

「からかっちゃいないさ。遊んでるだけ」

「隊長……!」


普段冷静な彩ちゃんの反応一つ一つが可愛くて、ついいじめたくなる。
こんな気持ちもきっと、恋人としての特権なんだろうね。


「隊長……ところで、二日酔いは一体何処へいかれたんです?」


乱れて頬にかかった髪をかき上げながら、彩ちゃんは明らかな疑惑の目で問いかけてきた。


「ああ!そういえば、彩ちゃんで遊んでたら、すっかり良くなったみたいだねぇ」


「なっ……!?」


素っ頓狂な声を上げた彩ちゃんは、その知的に整った容姿に、みるみる呆れた色を浮かべた。


「じゃあ、私のいままでの心配は何だったんですか……」

「いやあ、ありがとね彩ちゃ…」


僕がニカッと言い終えるより先に、彩ちゃんは静かに言葉を添える。


「私……昨夜からずっと、隊長のお体を心配していたんですよ?」

「彩ちゃん……」


緊張の糸が解けたのか、まじまじと見つめたその瞳は、心なしか潤んでいるように見える。
その素直な瞳から、彩ちゃんの言わんとすることは、自ずと読み取れた。


「隊長……お願いですから、もう少しお酒は控えてくださいね?」

「おや、どうしてだい?」

「それは……」


口をつぐんで、赤くなる彩ちゃん。


『隊長のことが心配だからです』


そんな言葉が聞けるのかな?


「こうして看病するのが大変だからに決まっています!」


……おやおや。

期待とは裏腹に、帰ってきたのはそんなお言葉。
でも、ちゃんと知っているよ?
君の耳朶が真っ赤になっているときは、まさに何かをごまかそうとしているときだからね。


「本当に……可愛いなぁ」


しみじみ呟いて、彩ちゃんを再び腕の中に閉じ込める。
花のような甘い香りが、ふわりと鼻先をかすめた。


「隊長。分かってただけましたか?」

「んー……彩ちゃんがちゅーしてくれたら、考えてもいいかな」

「なっ……!」


僕の腕の中で、三度真っ赤になった彩ちゃんは、恨めしげに僕を見上げた。
勿論、冗談で言ったつもりなんだけどね。


「……本当に聞いてくださいるんですね?」


おっ!
何だか、かなり美味しい展開になってやしないかい?
ついつい緩みそうになる口元を、なんとか抑えつつ、なるたけ威厳を持って答える。


「考えてみるよ?」

「……分かりました……あの……は、恥ずかしいので……目、閉じてて下さい……」


おやおやおや……
普段は、めったに彩ちゃんからキスなんてしてこないから、柄にもなく、興奮してしまうじゃないか。


「早くしてください!恥ずかしいんですから……」

「おっと……こうでいいかい?」


腕の中の君が、へそを曲げてしまわぬうちに。
ゆっくりと、彩ちゃんの顔が近づいてくる気配。
花の香りが、少々強くなる…
と思った瞬間、唇に触れた柔らかな感触。
恥じらうような、くすぐったいようなそんな想いの伝わるそれに、つい理性が効かなくなる。


「っ…!…は…ッ…」


彩ちゃんの後頭部を、逃げられないようしっかり捕まえて、本能のままの深い口付け。
ねっとりと歯列をなぞると、彩ちゃんの体は小さく震えた。
彩ちゃんのしぐさのひとつひとつ、そのどれもが愛おしく切なく感じてしまって、年甲斐もなく、止まらなくなる。
僕は今、確実に君に酔っているみたいだ。


「……禁酒、考えてみるよ」

「本当ですか!?」


やっと腕の中から解放してあげてから、僕がぽつりと呟くと、彩ちゃんはぱっと顔を上げた。
潤んだ漆黒の瞳に、期待の色が浮かんでいる。


「その分、彩ちゃんを補給するから」


にっこりと笑顔で返した言葉に、彩ちゃんは心底恥ずかしそうに俯いた。
……本当、可愛いくて仕方がないよ。


「彩ちゃん?顔上げて?」

「……知りません!」

「大好きだよ」

「……知ってます」


―私もです、隊長……―


小さな小さな声だったけど、ちゃんと聞こえているよ。
可愛い可愛い彩ちゃん。
これからも、君に寄り添ってもらえる存在であるように、
禁酒、努力してみることにするよ。
この先何百年経っても、君の隣にいるのが僕でありますように――



fin
白猫さんへ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -