ソイラテ




乾いた砂漠の昼下がり。
今日は珍しく砂嵐も少なく、気温もそれほど上がらない穏やかな日だった。
そんな午後、レインディナーズの社長室。
昼から黙々と書類ーーきっとまた何かの悪巧みが書いてあるーーに向かいながら、言葉少なにコーヒーを催促してきたクロコダイルの前に、私はそのカップを置いた。
ちらりと、一瞥。
そして彼は不機嫌そうに眉を寄せ、私を見上げた。


「何だこれは」

「コーヒー」

「ほとんど白いだろうが」

「ん、正しくは豆乳たっぷりソイラテ。美味しいよ?」

「あァ?ふざけるな。ブラックで淹れ直せ」


低い声でそう言って、クロコダイルは私を睨みつける。
もちろん分かってた。
クロコダイルのご所望は、砂糖無しミルク無しのブラックコーヒー。
毎日毎日淹れてるんだもの。そのくらい、彼好みの濃さの豆の量も目をつむってたって量れる。
それでも、普段よりも勢いを抑えたアラバスタの太陽を見ていたら、何だか今日は無性に気分を変えてみたくなったのだ。私が。


「やだし。面倒臭い」

「……ラウル」

「そんな怖い顔しないでよ。文句言う前に飲んでみてって。ちゃんと無糖だから」


それだけ言って、私は自分の分のカップ片手に、さっさと彼の膝の上におさまる。
クロコダイルの痛いくらいの視線を頭上に感じながら、素知らぬ顔で一口ごくり。
濃く淹れたコーヒーに、たっぷりの豆乳。
あえてミルクにしなかったところが今日のポイント。
ほんのちょっぴりの砂糖で、ほんのりとまろやかな甘さが舌の上に広がった。


「美味し」

「はッ、勝手にやってろ」


そう言うと彼は、再び手の中の書類に目を向けた。
それでも膝の上の私を邪見にしない辺り、愛されてるなあと思う。


「なんだ、本当に飲まないの?せっかく淹れたのに」


クロコダイルの分のカップは、もくもくと白い湯気を立たせるばかり。少しも減る事なんてない。


「んな甘ったるいもん飲むか」

「だからクロコダイルのは砂糖入れてないって」

「ブラックじゃなけりゃ大概甘ェ」

「強情っぱり」


ごくり。
子供のような言い訳のクロコダイルに小さく笑って、また一口。
私のカップの中のラテは、順調に私の喉を滑り降りていく。
広がる癖のない甘み。
なんだか、この穏やかな午後そのもののようで。


「ラウル」

「ん」


頭上から、書類に向かっていたはずのクロコダイルの声。
カップを両手で抱えたまま、首だけを後ろに傾けて見上げる。
と、そのまま彼の唇が降ってきた。


「んっ……は、」


不自由な姿勢のまま、奪われた唇。
覆い被さるようにして、クロコダイルは私の酸素をじわじわと奪っていく。
いつしか、抱えていたはずのカップは彼の手によって机の上に置き去りにされていた。
侵入してきた舌は、私の舌を捕まえると、丹念になぞるように絡んだ。
合わせた唇の端からこぼれる、混ざり合ったひとしずくの唾液。
その感触が、私の羞恥心をさっと駆り立てる。
それでも、離してくれる気配のない彼の口付けに、やっぱり身を任せる事しか出来なくて。
しばらくの間、好き放題に私の口内を蹂躙したクロコダイルは、やがてゆっくりと離れていった。それはそれは満足そうに。


「やっぱり甘ェ」

「……もう」


クロコダイルにしては珍しくとろけるような甘い口付けで、しっかり私の腰は砕けてしまったようで。
沈むようにクロコダイルの広い胸に身体を預けると、彼は生身の方の腕で私を抱き寄せてくれた。


「毎度毎度遠回しなやり方しやがって。かまって欲しいなら素直にそう言え」

「……っ」


毎度毎度はどっちだろう。
私のほんの些細な言動でも、彼はそれを一つ一つ汲み取って、拾って、彼なりの優しさで返してくれる。
いつだって唐突に。


「……クロコダイルって、ほんとはエスパー?」

「てめェの考えてることくらい大体分かる」


髪を撫でてくれる手は、いつにも増して優しく。
こんなあたたかい幸せをくれる、あなたが好きで、好きで。


「ありがとう、クロコダイル」

「はッ」


不適に、だけど満足そうに笑った彼は、再び甘やかな口付けをくれた。
机に二つ並んだ揃いのカップの湯気は、いつしかどちらも消えていた。



fin
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