或る女の慕情
一言で言うなれば傍若無人。
富も名声も強さも、人が羨む何もかもを手に入れたこの男は残忍で冷酷で強欲。欲望に従って、彼は欲しいものは何だって手に入れてきた。
なら、人としては最悪の部類に入るべき俺様鰐様な彼を好きになってしまった私は、一体何と表現されるべきなのだろうと思う。
悪女、とでも呼ばれるべきなのか。いや、それではグランドライン中の悪女の皆さまに失礼だ。
男たちを虜に出来るような魅力的な肢体も色香も、私は持ち合わせていないのだから。
でも、そんな悪女もどきな私に、傍若無人な鰐様が何故か惚れてくれたことは紛れもない事実なわけで。
「何笑ってやがる」
「え。べつに」
いけないいけない。人知れずニヤニヤしたつもりが、この部屋にはどっかり噂の鰐様がいたのだ。
いまも彼は愛用の葉巻を握って大きなソファにふんぞり返っている。
憎らしいくらいのその態度が、どこか子供じみていて微笑ましい……なんて考える私はもう、取り返しがつかないくらい重傷なのかもしれない。
「クロコダイルってさ」
「あァ?」
「可愛いよね」
「…………」
うん。
いま私すごく冷たい目で見られてる気がする。
かなり失礼な目で見られてる気がする。
違うから。別に、頭がおかしくなったとか熱があるとか、そういうわけじゃないから。
「傲慢でわがままなくせに、結構素直で強情張りなとことか、可愛い」
「……暑さにやられやがったか」
「違うって!」
ふんぞり返るクロコダイルに、勢いをつけて抱きついたら、面倒くさそうな顔をされた。
でも、特に嫌がってないのは抱き止めてくれた腕から伝わってきた。
「嬉しくない?」
「犯されてェか」
「それは、嫌」
「ならくだらねェことを言うな、ラウル」
「本当のことなのになあ」
ため息混じりに嘆いたら、思いのほか優しい仕草で唇を奪われた。
本当に、傲慢で強情で俺様なクロコダイルだけど、案外大切にしてくれてるんだなって確認する、瞬間。
噛みつかれているような、食べられているような、そんな感覚を与えられる彼のキスは、私の心をいつだってふわふわと幸せの波の中に溺れさせてくれる。
このまま心ごとこの人に奪われてしまえたらいいのにと思って、ああとっくに私の心はこの人のものだったと思い知らされる。
同時に、私の前ではBWの社長でも王下七武海でもなく、ただのクロコダイルになってくれるこの人の不器用な優しさが、嬉しかった。
「ねえクロコダイル」
「なんだ」
「すき、だよ」
にっこりと微笑んで自分から口付けたら、いつもはびくともしないクロコダイルの体が、思いがけず一瞬だけ硬直したみたいだった。
ああ、なんだ。私も立派に悪女だったのか、なんて。
心の隅でそんなことを考えながら、クロコダイルの服に染み付いた葉巻の香りを、胸いっぱいに吸い込んだ。
fin