ブルースには幼馴染がいる。名前はブロント。眉目秀麗、才色兼備、文武両道、天真爛漫。そういった熟語がぴったり当てはまるような人物だった。いや天真爛漫は言い過ぎたかもしれない。破天荒に変更する。まあとにかくブロントという人物は普通とか一般とかそういう言葉からはかけ離れた存在だった。神童と呼ばれた彼は順位をつけることの可能なありとあらゆる事案においてことごとく一位に輝き、また順位のつけられない事案に関してもたいそうたくさんの人間から認められる少年だった。
 ブルースは常に彼と比べられた。もちろんつらかった。何をどう頑張ってもブロントには勝てない。そのことをこの十五年という期間ずっと、何度も何度も示され、叩きつけられ、痛感してきた。挫折だけがブルースの人生だった。

 それでもブルースはブロントを嫌いになれなかった――それどころか、ブルースはブロントを好きだった。好意を抱いていた。ありていに言って愛していた。何故かというとブルースはブロントの唯一絶対であろう秘密を握っていたのだ。それは努力であった。ブロントが魂を削るようにしてすべての事に対して努力していることをブルースだけが知っていた。歯をくいしばり、涙をこぼし、拳をにぎり、這いつくばるようにして努力し続けるブロントをブルースだけが見ていた。それだけでブルースは特別だった。ブロントの特別であるということは世界中のあらゆるものを超える幸福だ。ブルースはそれを持っていた。

 しかし十二年学校の卒業という人生の一大イベントを期にすべては変わった。
 ごく普通の十二年学校生がそうするように、ブルースは地元での就職か地元での進学かに悩み、親戚一同に学費の工面を頼み込んで進学を決めた。ごく普通のことであった。対するブロントは帝国統治と民衆自治に関する論文を認められ、地元から遠く離れた帝国立の高等教育機関へ進学することを決めた。滅多にないことであった。
 ブルースは愕然とした。ブルースは何も知らされていなかった。既にブロントが村を発った後に、近所の耳の早い奥方からブロントの今後を知らされたのである。
 どういうことだろう。何故なにも教えてくれなかったのだろう。事前になにか言うべきではないか。待ってくれ。どういうことだ。お祝いのひとつも言わせてくれないなんて。どうしてだ。待ってくれ。僕にだけは言うべきだろう。待ってくれなきゃだめだ。言わなくてはならない。だって僕は、ブロントの特別なのだから。
 ブルースは即座に行動した。この十五年で培った人間関係を隅から隅まで洗い、ブロントの人生の具体的行く先、たとえばその教育機関のどの学科を専門としたのか誰に頼って帝都に向かったのかどこに居を構えたのか、そういったことを調べた。もちろんブロントをびっくりさせるためにブルースの調査が本人にバレないように気を配った。

 そして春になった。
 ブルースは人が行き交う帝都街道から少し外れた長い階段道の下から三段目に腰かけていた。入学祝にと両親が奮発してくれた、高価な通信機器を手元に遊ばせている。先刻通信が入ったのだ。ブロントが機関に向かう道はここで間違いない。この階段を使うのだ。
 ブルースはブロントをあきらめることなど考えもしなかった。いつか遠くに往くひとなのだとセンチメンタリズムに浸るのは到底無理な話だった。なぜならブルースはブロントを愛していた。一言の祝辞では済ませない。済ませるわけがない。美しく気高く強く高潔で純潔の麗しきブロント、その特別はブルースだけに注がれねばならないのだから。