商店街の一角にオープンしたスイーツ店。そのピンクとブラウンの愛らしい看板の前に、二人の男子高校生が仁王立ちしていた。彼らこそ、√学園の誇る天才……カイトとギャモンである。ハートのモチーフが散りばめられた店内にふさわしく、出入りする客は女性客がほとんどだ。もちろん男の二人組は異様に浮いている。だが二人に恥じらいの様子はみじんもない。さながら愚者のパズルに挑むような、真剣な面持ち。二人は周囲の女性たちの不審感を一身に負いながら、ドピンクの店内に入店していった。
 カイトとギャモンがこのスイーツ店にやってきたのには理由がある。数時間前、天才テラスでノノハが開いていた「街角グルメマップ」に載っていたある"すさまじいもの"にカイトが興味を示し、ノノハがちょっぴり怒って、ギャモンが火に油を注いだ。結果としてカイトとギャモンは二人でここを訪れることになった……状況説明は以上である。お察しいただきたい。
 二人は席を確保するなり、ウエイトレスのお姉さんを呼びつけた。まるで注文すべきものが決まっていたかのように。ギャモンはともすれば怒っていると勘違いされかねないほど真剣な表情で、
「おねえさん、この、"モンスタータワーパフェストロベリーDX"ひとつ」
 と述べた。それに続くカイトはやはり威嚇でもしているのかと疑われかねない真剣な表情で
「俺はこっちの"モンスタータワーパフェチョコレートDX"で」
 と。 そう、雑誌に掲載されていた"すさまじいもの"とはつまり、いわゆる大盛り系ネタスイーツだったのだ。ノノハスイーツは無理だけどこれならいけそうなどと言ったカイトがノノハに殴られ、俺もそんくらい余裕だと張り合ったギャモンも殴られた、ただそれだけ。それだけなのである。真剣な表情をしているからといって常に巨大な陰謀とか人の生き死にがかかっているわけではないのだ。
 さて、運ばれてきたのは噂に違わぬ巨大パフェ。全長は1メートルを越え、ガラスの容器に詰め込まれた生クリームと生クリームと生クリーム時々ソースは見るだけで胃が甘くなる。 その山を二つ目の前に、カイトとギャモンは華奢な銀のスプーンを握りしめた。
「どうしたカイトさんよぉ、予想以上のデカさにびーびってんじゃあねぇだろうなぁ?!」
「それはこっちの台詞だぜギャモン! なんなら妹さんを助っ人に呼んでくれても構わねえけど?」
 ぐぬぬとうなり睨みあう男子高校生たち。
「勝ーーー負だァ、カイトォ!」
「のぞむところだ、ギャモン!」
 天才ふたりによる、世界一くだらない闘いの火蓋が切って落とされようとしていた。パフェを運んだお姉さんは生暖かい目で二人を見ていた。

 どれくらいの時間が経っただろう。襲いくる生クリーム、とろりとしたチョコソース、イチゴソース、生クリーム、生クリーム、スポンジ生地、生クリーム、生クリーム、生クリーム……。口直しのウエハースはとうに尽きている。
「カ、カイト……ペース落ちてんじゃねーのか……」
「ギャモンこそ、ス、スプーン止まってんぞ……」
 √学園屈指の大食いを誇る二人にも限界が近付いていた。なにせこれは一品料理。味の違う料理を次々に消化する普段とはわけがちがう。延々と続く甘さの暴力。さしものカイトとギャモンもいい加減限界だった。チョコパフェもイチゴパフェもその高さを残り20センチメートルほどにまで縮めたが、しかしそこからが人類史上もっともつらい戦いになるのは明白だ。その魔のゾーンを眺めるふたりの絶望をはらんだ目線だけで証明はすでに終了している。ちなみに二人が座る席は店内の注目を一身に集めている。こちらは証明なんて必要ない事実だった。
 ギャモンはちらり、と向かいのカイトの様子をうかがった。きつそうだ。チョコの濃厚な甘味と生クリームのコンボ攻撃で息も絶え絶えだ。そろそろ果実の爽やかな甘味でリフレッシュしたいころだろう。自分もきついが……いやいや、俺のほうがまだまだ余裕だけど? まあ? 簡単にくたばられても寝覚めがわりぃし? バカイトがそこまできついならしょうがない的な?
「おい、バカイト」
「あ? んだこらケンカうってんのか」
 ご存知かとは思うがふたりはすでに下らないケンカでパフェを食べている。
「ちっげえよ、……ほれ」
「!」
 ギャモンがイチゴパフェの容器をずり、とカイトに向けて押し出した。その動きでカイトはぴんときたらしい。
「あ、あー、お前がそこまで言うならまあとっかえてやっても……」
「は?! ちっげえし! おっ前がつらそうだからこっちは……」
 二人はごちゃごちゃと言い合いをしながらパフェの容器をお互いの眼前にまで押しやった。パフェの一番上に突き刺さっていたスプーンを握り、
「「勝負再開だ!」」
 がががががっ、と凄まじい勢いでパフェをかっこんだ。カイトの口内にイチゴの爽やかな甘味が広がる。これはウマイ。ギャモンの口内にはチョコの濃厚な甘味が。こちらもイケル。当初の勢いを取り戻したふたりは、一気にパフェ容器の底へ……と、その時、ギャモンのスプーンがぴたりと止まった。
 俺たち、互いのスプーンてっぺんにぶっ刺したまま交換したよな。つまり、それって、
「よっしゃあ御馳走様あー!」
「な?! あーーーーーっ?!」
「へっへ、どうしたギャモン、まだ2センチも残ってるじゃねーか!」
「ぐっ、こ、これは……」
「今回は俺の完・全・勝・利だな! ってなわけで会計よろしくー」
「あーーーーークソ! 次はぜっっってえ勝つっての! 覚えてやがれぃ!」
 ぱぱっと残りをかきこんだギャモンの頭からは、先ほどの懸念は当座のところ吹き飛んだようだった。ウェイトレスが空の容器を驚愕の表情で抱えつつ、伝票を置いていったので、ようやくまっすぐにお互いの顔が見える。
「ぶっは」
「あ? んだよ何笑ってやがる」
「いやギャモンお前……子どもじゃねえんだからよ……」
「ああ?! だからどういう意……味、」
 けらけらと笑っていたカイトがさっと身を乗り出してきたかと思うと、ギャモンの口のはじを親指でぐいとぬぐった。どうやら生クリームがくっついていたらしい。そんなん普通に口で言え、と文句を言う前に、カイトは指のそれをぺろりとなめとった。
「ん、あっめえ。やっぱチョコは飽きたな……んだよギャモン」
 アホみてえな顔して、とカイトが馬鹿にしても、ギャモンの反応はない。それどころか、首からだんだんと肌が紅潮しだしている。それをきょとんと眺めて、そして、カイトもやっと気が付いた。
「ああああああ違う! ちがうっ! これは! うまそうで! いやそうじゃねえ!! あああああ!!」
「ううううううるせええええんだよバカイト?! なんでもねええええんだよ!」
「はああああ?! お前が先にまっかっかになったんじゃねえですかねこの野郎!!」
「もとはと言えばおめえええええがなんの違和感もなくスプーンをよおおおおおお」
「スプーーーーンは今関係ねえええええだろ!」
 他のお客様にご迷惑ですのでどうかお静かに、とふたりが注意されるまで、あと一分。