お題:ロフト×像×悲しい
※現代パロ大学生カレシカノジョ成立済ブルミド



 年上の彼女の家にはじめてお邪魔した。あんまキレイじゃねーぞって言われてたから、何が来ても驚かないぞ僕はと意気込んで行った。
「……あれ」
「ん? なんだよ」
 扉を開けると、洗濯機がデンと置いてあって、その上に洗剤やら洗濯バサミのカゴやらの収納が設えてあった。その隣は台所になっていて、調味料やなんかがギッシリ詰まった棚がくっついている。上にも下にも戸棚があるけれど、上の戸棚の取っ手にフックがぶら下がってそこにお玉やフライ返しが引っかかっているのを見ると、戸棚の方はいっぱいで入らないんだろう。あ、水道の蛇口に何かマスコット的な……イヤなんだこれ、なんだろうこの生物、ヘビ? ああ、蛇口だけに? まあよくわからないけど、そういうのがぶら下がっている。
 冷蔵庫もある。1人暮らしにしたらちょっと大きい、普通のご家庭にありそうなサイズのそれの扉には、ゴミ出し表とか、公共料金やなんかの領収書とか、そういうのがみっしりと貼り付けられている。ちなみに磁石はやっぱりなんかのマスコット的なやつだ。なんだこいつ。もしやミドリさんの趣味か。
 マスコットを凝視していると、ぺしんと頭をはたかれた。
「じろじろ見すぎだ」
「あっ、すいません!」
 ちょっと失礼だった! 気が付いて、すぐに謝ると、ミドリさんはふっと表情を緩めた。
「汚いだろ?」
「えっいや汚くなんか」
「お世辞はいーの。ほらさっさと入れ」
「うあはいっ」
 お尻をペンと叩かれて、素直に靴を脱いであがらせてもらった。奥勝手に開けて入って、と言われるまま、居室に通じているらしい戸を開ける。ふわっとミドリさんの匂いがして、心臓がぎゅっと絞られるような心地(もう大変申し訳もないんだけど僕も健康的男児なので彼氏彼女的な意味での彼女の匂いがするとなるともうあれだいたたまれない気持ちだ。)がした。
 次いで視線を上げると、そこはどこからどう見ても「ミドリさんの部屋」だった。壁際に木製棚が一つあって、下の方は学校の教科書やらなんやらがギッシリ、上の方はなんか漫画とか、CDとか、そういうの。あっ、端っこにぬいぐるみが置いてある。なんとこれまた先程のヘンテコマスコットだ。どんだけこれが好きなんだミドリさん。カーテンは黒緑で、女の子の部屋にしてはちょっと重たい印象だけど、ミドリさんが使うと「カッコいい」に変換されてしまうからこの人はずるい。男でも僕みたいなのが使うとかっこつけ野郎めと馬鹿にされるのがオチの色だ。ちなみにカーテンレールの端っこにもヤツがいた。繰り返すけどどんだけ好きなんだ。
 茶色の座卓の周りにぺしゃんこのクッションが三つくらい転がっているのを見ると、ミドリさん自身も、お客人もそこに座るようになっていると推察できる。それでも家主の言葉なしに座るのは憚られて、僕は扉のすぐ横のクローゼットに身を寄せて縮こまるようにしていた。あれ、クローゼットはあるのに、棚の前あたりに服を満載したハンガーラックがある。こっちのクローゼットには何が入っているんだろう。
「あれ、座んねーの」
 突然話しかけられて、危うく心臓が口からこんにちはするところだった。振り返ると、飲み物の入ったグラスを二つ持ったミドリさんが足で戸を開閉している。
「ぎょっ、行儀悪いですよ」
「自分ちで行儀も何も……あ、それを言うなら人んちじろじろ見るお前の方が」
「あああああ! もう大丈夫です座りますんで!」
 たしかにそれはちょっとごめんなさいって感じなんですけどね! でもね! 彼女のお部屋に初めて入った僕の気持ち的にはね! ほら! 考えるな! 感じろ!
「ウーロン茶だけど大丈夫だよな?」
「はい、はい、全然大丈夫です」
「電話応対かよ」
 だっはっは、とミドリさんが豪快に笑った。(僕は笑われていた。)
 グレーのクッションに座ってウーロン茶をすすると、少しだけ落ち着きも出てくる。テレビおもしろいのやってねーかなー、とリモコンを操作するミドリさんを何ともなしに眺めていると、その背後の梯子に気が付く。それに沿うように視線を上げて、
「わっ」
「おわあ、なんだいきなり」
「すごいですね」
「ああ、天井?」
 天井からは沢山のモビールがぶら下がっていた。茶色のヒモに緑色の紙が葉っぱの形に切り取られて所々を彩り、さながらジャングルだ。窓に近い方が少し日焼けしているのを見ると、最近つけられた物ではなさそうだ。
「アタシはいらないってったんだけど、親戚の奴らがつけてってさ」
「そうなんですかあ、素敵ですね」
「そーか?」
 そんなことを言いながら、ミドリさんは少し嬉しそうだった。親戚の人のセンスを褒められたのが誇らしいんだろう。そういう感情を隠せないところが好きだ。年上だけど、かわいいな、なんて思ってしまう。
 そうして思い当たる、ミドリさんの「汚い」の言葉。きっとミドリさんはもらった物とか、なんとか、そういうのを捨てられないたちなんだろう。だからどんどん物が増えていって、整頓してもしても部屋がごちゃごちゃするのだ。きっとあのクローゼットも、もらい物でいっぱいで服を出すしかなくなってるんだろう。でもそれって悪いことじゃないと思う。豪胆で大雑把に見えて、意外に優しいミドリさんを象徴しているような部屋、僕は大好きだ。
 と、そこで僕は、違和感を感じて視線を少し下に戻した。梯子の先。そこにあるのはロフトだ。多分ミドリさんはそこで寝起きしているんだろう、折りたたまれたマットレスが少しだけ見える。でも、違和感の正体はそれじゃない。
「あの、あれ、なんですか?」
「あれって……」
 聞いたらマズいのかもしれないとか、そういうのを考えつかないくらい、僕の脳みそは暴走していたんだと思う。僕の視線に怪訝な顔をして振り返ったミドリさんが、それをみとめてハッと息を呑んだ。
「……あー、あれな。あれ友達にもらったヤツ」
 僕に向き直ったミドリさんはもういつも通りのミドリさんだったけれど、僕にはわかってしまった。だってわかりやすい彼女を僕は好きになったんだ。
「そうなんですかー」
「変な顔してるだろ」
「あはは、確かにそうですね」
 ごく普通の受け答えをしながら、僕は内心泣きそうだった。あの像、ロフトの格子の隙間からこっちを見下ろすあの、像。陶器かなんかかな? あのフォルム、さっきから何度も見たヘンテコな造形。引っかかった輪に通されたメッセージカード、今だけは自分の良好な視力を恨む。

"××× to M"

 確定確実、元恋人かなんかからの贈り物だ。今まで目にしたマスコット全部、モトカレ的なアレと買ったやつだ。確かに、捨てられないっぽいなーっていうのはちょっと察してたとこでしたけど、そんなとこが好きだなーって思ってましたけど、でも、ミドリさん、これはちょっと爪甘すぎやしませんか。年下彼氏は絶賛ブロークンハートですよ。
「あ、あのよぉ」
 ミドリさんがおずおずと声をかけてきた。テレビの奥ではまさかのニュース番組。ミドリさんテンパってるの丸わかりですよ。だってミドリさんバラエティ大好きっ子じゃないですか。
「買い物、いかね?」
「えっ」
 今からですか。家ついたばっかですけども。
「あ、別に今度でもいいんだけどよぉ」
 珍しく歯切れの悪いミドリさんを見て、僕はやっと気付く。あ、そういうことか。そういう。
「全然オッケーです」
「え、マジか」
「マジです、大マジです」
 もうなんだったら僕が全部プレゼントしてもいいくらいです。そう言うと、ミドリさんはますますバツの悪そうな顔をしてから、あーあ、と溜息みたいな声を出して笑った。
「じゃ、頼んじまおうかな、ブルースに」
 呼ばれた名前とふにゃっとした笑顔に胸が高鳴る。僕もたいがいゲンキンだな!
 そうと決まれば、と立ち上がったミドリさんに続いて僕も席を立つ。ヘンテコマスコットの像を一瞬ちらっと見上げてから、僕は誓う。絶対絶対、鳥モチーフのグッズにしてやる!