縛り:図書館×缶×優しい


「あんまり根詰めてっと頭爆発すっぞ」
 そんな言葉と同時に、温かいものが頬に押し当てられた。一瞬で離れて行ったそれを追うように振り向けば、悪戯っ子のような顔をした幼馴染が立っていた。
「コーヒーですか」
「差し入れだ差し入れ」
 温かい缶を受け取り、眺める。無糖ブラック。私の好みをよくわかっている選択だ。しかし残念。
「ありがとうございます。……と言いたいところですけど、ここ、飲食禁止ですよ」
 本をいっぱいに詰めた棚が所狭しと並ぶ、ここは図書館だ。本を汚さないため、何より学生のたまり場にさせないための「飲食禁止」。係員が常駐している貸出カウンターからは見えない場所とはいえ、ここで缶を開けるのは気が引ける。しかし彼女は私の嫌味なんて気にも留めず、にんまりと笑う。
「ばか。外行って休憩しようぜっつってんの」
 彼女の唇の下から、ちらりと八重歯がのぞいた。私は溜息をつく。試験前で切羽詰まってるっていうのに、何を呑気な。
「私は勉強が……」
「どりゃっ」
言いかけるのを遮って、彼女が私の手から筆記具を奪い取った。
「返っ、……しなさい」
 叫びかけ、自分がどこにいるのかを思い出し、飲み込んで、手を伸ばし、それからペンだこまみれの自分の手の痛々しさに気が付く。
「……やっぱり行きます」
 もう一回溜息をついて、広げていた勉強道具をばさばさと鞄に放り込んでいく。私のペンを指先でくるくると回しながら「やったね」と笑う彼女は、きっと誰よりも優しい。