佐々木くんが亡くなりましたとまるでなんでもないことのように先生が言った。クラスは当然いつもの三割増しくらいのざわつき具合で、まあつまり佐々木くんはクラスではその程度の存在でしかなかったわけだ。先生はホームルームの最中に涙声になって、それにつられた女子は目をうるませて、男子もちょっと口を引き結んでしまったけれど、その程度だ。良心の咎めには逆らえないし、ていうかまあそこそこ会話してた仲だし、ねえ。教室に漂ってるのはそんな雰囲気。ちなみに私は、彼とは一応隣の席同士の関係だった。日常会話くらいなら普通にしてた。先生は死因については何も言わなかったけれど、私は知っている。実は佐々木くんが死ぬ何日か前に教えてもらっていた。佐々木くんがそのことを教えたのはたぶん私ひとりだ。そのくらいには仲が良かった。でももし私以外の人が彼の隣の席だったら、その人が彼の死因を知っていただろう。
 クラスの皆が目を閉じて黙祷をしていたけれど私はひとりでうとうとしていた。本当はみんなそうだ。黙祷なんてしてない。佐々木くんの死が与えるのはその程度。携帯でもいじろうかと考えていると何日か前の佐々木くんの顔が浮かんできた。「俺な、多分溺死する」佐々木くんはそう言ってニッと笑ったっけ。そういえば佐々木くんて二重だったな。まあそういうわけで佐々木くんは溺れ死んだ。何にとは聞いていないが何となく予想はついた。彼の死体はおそらく今私が握っている小さな機械の中にある。彼はたしかに溺れたのだ。そしてまだそこにいる。はじまりは一体なんだったっけ。どっかの掲示板の「佐々木うぜえ」? どっかのブログの「死ねよ佐々木」? どれだっけ、まあいいか。とにかく彼は溺れ死んだ。そして電子の海にばらまかれた彼の死体はぐずぐずと腐乱を続けながら常に私たちのそばにある。
 暇で暇で仕方がなくて窓の外を見る。誰もいない校庭と灰色の空。終わりかけの冬が泣き出しそう。でもきっと泣かない。だって佐々木くんもそうだった。だから彼は死んだ。
 そして、さあそろそろ黙祷も終わりかというとき、クラス中の携帯電話がいっせいに着信して騒ぎ始めた。みんなきょとんとした顔をして、電源を切ろうと携帯を取り出す。こんな時に恥ずかしいと思いませんかと先生が言いかけたけれど、自分のポケットの布地が内側にある物体の振動で波打っているのに気付いて口をつぐんだ。私の手の中の機械も、同じように振動し光っていた。惰性的にそれに目を落とす。メール。画面を開く。見知った名前があった。佐々木君。無題。本文は一言、「死ね」
 やっぱり彼は溺れ死んでいた。そしてまだそこにいる。