「ううむ」
「ミラ?」
「どうしたの?」
 何事か考え込む様子のミラを心配して、ジュードとレイアが忠犬よろしく彼女の顔を覗きこむ。
「お腹でも空いた?」
 目の前にごちそうだもんね、と、ジュードは微笑む。それは女性に対して少し失礼なのではないか、という突っ込みはこのパーティには不要だ。ミラの食いしん坊は全員、重々承知している。
「それも、そうなのだが……」
 ミラが応えるが、難しそうな顔は変わらない。空いたのは本当なんだ、とレイアが笑うが、ミラはそんなことには構っていられない様子だ。
「私の誕生日はいつなのだろう、と思ってな」
「誕生日?」 
 ミラの言葉に、レイアが首を傾げる。世の中、自分の誕生日を知らない者がいないわけではない。しかしミラは二十年前に大精霊を世話係として社に「降臨」したのだ。ニ・アケリアでは大事になったに違いない。その日が歴史的日として語り継がれていてもよさそうなものだ。
 覚えてないの? と不思議がるジュードとレイアに向き直り、ミラが口を開いた。
「お前たち人間は、母親から産まれた日を、誕生日と呼ぶのだろう?」
「うん、そうだよ」
 レイアは元気に頷く。
「私が母親から産まれたわけではないのは知っているな」
 確認するようにミラが言う。レイアはこれにもうんうんと頷いた。しかし、続いてミラが話し出したことは、とても軽い頷きで流せるようなものではなかった。
「区切りがわからんのだ。単一の細胞として私が生まれた瞬間なら四大に訊けば詳細を教えてくれるかもしれないが、ちょうど母親の体から産み落とされるとなると……どうもな。さらに、マクスウェルとしての自意識が出現した時となると、あまりに昔だし……」
「ミ、ミラ?! 話が大きくなりすぎじゃない?」
 ミラがつらつらと人間の理解を超えた話を始めたのを、ジュードは慌てて遮る。全宇宙的な話に発展させられたら、収集のつけようがない。
「どうしたものかな」
 しかしミラはすっかり「誕生日」に夢中の様子だ。
「うーん、ちょっと難しいよね」
 レイアは苦笑いでお手上げ、その上ジュードの顔をちらちらうかがい、「どうしよう?!」と助けを求めている始末。ジュードははあ、と溜息を一つついて、こめかみに指を当てた。
「……三つ、作れば?」
「ん?」
「誕生日、三つでいいんじゃないかな。マクスウェルとして生まれた時、ミラとして生まれた時、人間として産まれた時、って具合に」
 誕生日は一年に一回、という常識をぶち壊すジュードの発言に、レイアもミラも一瞬ぽかんとした。しかしその次の瞬間。
「それだ! さすがだジュード。それなら一年に三回もチキンが食べられる」
「うん、良かっ……えっ?」
 ミラが大きな声で叫んだ。花が綻んだような笑顔にジュードも安堵しかけたが、ミラの発言に耳を疑う。
「ミラ、もしかして、誕生日が知りたかった理由って……」
 レイアがおそるおそる問いかける。
「うん? この宿のチキンを食べるためだが?」
「そ、そっかぁ……」
 堂々としたミラの発言に、ジュードとレイアはぐったりと脱力したのだった。
「ふむ、遂行しなければならない使命がまた一つ増えたな」
 穏やかなル・ロンドの午後、脱力した二人とは正反対に、ミラだけが元気に決意を新たにしたのだった。