受難の日。

※女体化・男体化ネタ




「きゃあああッ!」
 悲鳴。赤い髪の魔女の断末魔が耳朶を打つ、が、今しがた俺に槍で腹部を貫かれ死んだそれは、本物ではないので無問題だ。本物の、そう、味方の方の魔女は、俺の遥か後方で魔法の炎やら雷やらをぶっ放し、勝利の叫びを上げている。
「ちょっとジルバ! あんた今、全ッ然躊躇しなかったわね?!」
 今度はその本物、マゼンダの怒号が、後ろから俺の頭を殴るように響いてきた。っていうか、そう言ってる間にも電撃で偽物のクロウを攻撃してるお前にだけは、言われたくないぞ。まあ、確かにこれは、戦いにくいけど……なあ。
 そう、今俺たちが対峙しているのは、俺たち自身なのだ。いや、少し違うか。俺たちと全く同じ容姿、能力を持ち合わせた、何か別のもの――モンスターだ。魔王の策略か何かは知らないが、悪趣味なことだ、全く。普段行動を共にしている仲間を殺すかのような錯覚に、多少吐き気を催したが、まあ、敵と割り切ってしまえばそこまでだ。こんな気色悪いもん、さっさと倒してしまうのが良いだろう。





 全員がボロボロになりながらも、何とか無事に戦闘を終えることができた。自分と同レベルのものを倒すのには手間がかかったが、幸い、大きな怪我をした者もいない。 ……ただ、日頃の暴虐の恨みとばかり、偽物ブロントへの攻撃の凄まじさが半端なかったのには、俺も少し引いた。いや、恨み(?)があるのは俺もだけど。そんな地味な嫌がらせにもブロントはめげず(というかむしろ気付いてない)、すこぶる元気にブルースの頭を無意味にぶん殴ったりしている。
「うううっ……血とか肉とか筋とかその他諸々でぐっちょぐちょアル……」
 うげえ、といった感じに顔を歪ませ、リンが悪態をついた。ティンクが偽物ブルースと戦っていたリンを援護しようとして、二人が交戦しているすぐ側で小規模な爆発を起こし、偽物ブルースは木っ端微塵、戦闘には勝利したものの、リンはその残骸をモロに被ってしまったらしい。黒髪に染みた血が乾いてばりばりしているし、チャイナ服には体のどの部分のものなのか考えたくもない何かが引っ付いているしで、散々な状態だ……運が悪かったな、リン。
 俺を含めたリン以外のメンバーは、リンほどヤバい状態にはなっていないものの、やはりどこか血生臭いし、しかもそれが元・人間の形をしていたものだから、尚更気持ちが悪い。こりゃあ、どっかで洗い流したりしねえとまずいんじゃないか? そう思って、この辺に川や池はないかとメンバーに問うと、意外に早く答えが返ってきた。
「それなら、ここからそう遠くない場所に、泉がありましたよ?」
 柔和そうな顔で、泉があるのだろう方角を指差し、ルファが言った。天使のお告げか何かのような言葉に、女性陣の目がギラリと光る。ここ何日かまともな水場も探せなかったからなあ、と考えて視線を戻すと、彼女らの姿はもう既にそこにはない。 ……女の子って、ホントすげぇな。

 その後、女性陣が水浴びをしている間、顔に泥、髪に葉っぱを付けままクロウが眠り出すのを止めたり、暇さに耐え切れず何か怪しい科学実験を開始したルファにそれをやめるように説得したり、中々泉から帰ってこない女性陣に痺れを切らしたブロントが殴り込みに行くのを死を覚悟で押さえつけたり、女性陣との混浴を目論むブルースをブン殴って気絶させたりと、俺は何かと忙しかった。(違う、違うぞ、俺は断じて保父さんじゃない、軍のメンバーの思考回路が総じて幼稚園児並みなだけだ)





 血やら埃やら泥やらを全て落とし、ついでに戦闘用の服も洗って、ラフな格好に着替えた女の子たちがようやく戻ってきて、男組はやっと身体を洗うことができた。 ……水鉄砲だの対岸まで競争だのの遊びに、ついつい加わってしまったことは、なかったことにしよう。
 そんなこんなで全員スッキリとした後、テミの手料理に舌鼓を打ち、焚き火の周りでのお喋りに花を咲かせ、見張りの順番を決め、俺たちは倒れるようにして眠り込んだ。 ――翌朝待っているありえない展開を、知る由もなく。





「うーん……」
 朝、か。呻き声を上げて置き上がれば、テント越しの柔らかい光がじんわりと背中を温めた。最近寒くなってきているからなあ、そろそろどこかの町に寄って、毛布を一枚ずつ買い足さないとなあ……。とりとめもないことを考えながら、他の男共の体を跨いで、入り口から外へと出る。ん? 今日はやけに寝相がいいな、軽々と越えていくことができる。いつもは目を疑うほど複雑怪奇な状況になってることが多いんだが。
 外に出ると、近くの木立の小鳥が控え目に囀る心地いい声が聞こえてきた。なんて静かな朝だろう。大抵俺がメンバーの中で一番早く起きて朝食の下ごしらえなどをしておくから、こういうのは珍しくない。騒がしい奴らが眠っているこの一時が、俺は結構お気に入りだ。と、その、瞬間。

ゆさっ

 ん?

ゆささっ

 やけに胸元が落ち着かないな、と思ってふと目線を下に向けると、そこに、ありえないものがあった。ゆさ、ゆさ、と揺れているそれは、それは、明らかに。明らかに――女性の、男性になくて女性にある膨らみ、そう、胸、だった。
「……」
 なんだまだ夢か。早く起きないと、先に起きた奴に朝食を全て食べ尽くされちまうから、早く起きねえと。しっかし、よくできた夢、ってか胸でけぇなあ俺。何カップ? アホなことを考えながら、夢だし、と思いつつ、自分のそれに触れてみる。
 ……おおう、夢とは思えないほどリアルな感触だ。少し感動して、そして、俺は。俺は、胸を触られているという感覚をもって、これが、夢ではなく、現実であることを理解した。

「嘘おおおおおおおおおおお?!」

 叫んだ声さえ、いつもよりずっと高音なのに気付いて、俺はちょっと泣きたくなった。
 え、何、何コレ、なんなんだ? 何がどうなってこんなおかしい事態になったんだ?  ……ハッ、まさかこれも、俺たちを惑わそうとする魔王の策略なん、
「ふぁ……どうされたんでふかぁ……」
 寝惚けた声が後ろから聞こえて、俺は我に返った。あれ、これ、低いし、あれ、けど、これ。振り返ってはいけない気がする。気がするけど、俺の幾分か軽くなった身体は既に背後を振り返ろうとしている。ああ、もう、絶対、絶対、最悪の光景が、…………。
「……? あ、れ?」
 最悪だ。もう本当に最悪だ。何が最悪かって、そんなのは決まっている。目の前の、この、普段はテミが着ているワンピースの寝巻き姿の、くせ毛の金髪の、……男!
「……ぅえ?! し、知らないおんなのひとっ……」
 拙い喋り方をしているそいつは、今初めて目が覚めたかのようにわたわたと動き出し、2、3歩後退した。ああ、寝起きのテミって、こんな感じだっけなぁ。可愛いんだよな、いつもよりほわほわして、うん、寝巻きだともっと可愛いんだよな。あは、あはは、あははは、そうだな、つまり、だ。
「……お前、テミ、だよな」
「?! ど、どうして私のなまえっ……?!」
 テミは俺に自分の名前を言い当てられたことに狼狽して声を上げ、途中でバッと口を押さえた。きっと、自分の声がいつもより数段低いことにようやく気付いたのだろう。





 その後は散々だった。男のままのテミが「きゃあああああ」と野太い悲鳴を上げ、それによって叩き起こされたメンバーたちがなんだどうしたどやどやどやと一斉にテントから出てきて、
「キャアアアアアアアアアアアア男になってるううううううう」
「ぎゃあああああああああああムサ苦しいいいいいいいいいい」
「ふはははははやはり俺様は女でも美しいままだなふはははは」
「うううおあ筋肉のせいで寝巻ピッチピチで苦しいアルぅぅぅ」
「あああああ女の子たちが汚い男になってるうううううううう」
「そういうアンタは女の子じゃないのよ気色悪いわねえええっ」
「その顔で女言葉使わないでくださいよおおおおおおおおおお」
 これぞまさしく阿鼻叫喚。上を下への大騒ぎだ。もう驚き尽くしていた俺は、この狂乱が収まるのを、隅っこの方でぼーっと待っていた。
 騒ぎに騒いで段々と冷静になってきた、もとい体力が尽きたメンバーが次々に発言をやめ、場が急に静かになった。シーンとした中に漂う、異様そのものの空気。見渡すと、珍妙な格好の奴らがごろごろいる。元は女の子と言えども、男どもがフリルやらレースやらの寝巻を着ているのは嫌だし、元は男、今は女の奴らが着ているものは、ぶかぶかで破廉恥だ。これをどう打開すべきか数秒頭を悩まし、俺は。
「よーし、とりあえず…………着替えだ」





「で? これ、どういうことなの?」
 でかい図体で女の子座りをしているマゼンダが、苛々と言った。男になっても長いままの赤い髪を一つに束ね、元々ブロントが着ていた服をキッチリと着込んだ彼女(彼?)は、羨ましくなるほどかっこいい。 ……口調と仕草が女っぽいので、若干気持ち悪くはあるが。しかし、そんなこと言われたって、誰がこの異常事態を説明できるってんだ。
「……理由がわかれば苦労はしない」
 俺の心を忠実に言葉にしてくれたのは、元はテミのものだった青い服を着たクロウだ。(今現在における)女性陣の中で一番小さい彼は、サラサラとした長い銀髪を無造作に背中に流し、回復の杖を抱き締めるようにして座っている。男のときに持っていた大剣は、重すぎて持てなかったようだ。
「ま、そういうことだな」
 色気のある重低音。一日前には俺のだった鎧の中には、今は男になったミドリがいる。元々男っぽい振る舞いだった彼女だから、胡座をかくポーズが最高に似合う。こっちが痺れるほど男前だ。
「私はそんな困らないアルよ?」
「私もですね」
「あたしもー!」
 なんかもう状況に慣れちゃったらしい奴らもいる。クロウの服を着て大剣を振り回す黒髪の青年になったリン、元々女顔で細身だったために違いがよくわからないルファ、身体年齢が幼すぎてこれまた今までと変わらなく見えるティンク、の三人だ。いや、お前らが良くても他が良くないから。クロウなんか主力武器をリンに取られて、怒るどころか落ち込んでるだろ。いい加減返してやれ。
「困るよ!」
 叫んだのは、マゼンダの服に身を包んだブルースだ。ふわふわした青い髪を風に遊ばせながら、はらはらと透明な涙を流す姿はまさに美少女。
「僕の麗しい女の子たちがっ、求愛対象がっ、こんな、こんな……ムサ苦しい男になっゲフゥ!」
 思わず殴ってしまった。いくら美少女でも容赦しねえぞこの野郎。いや今は野郎じゃないけれど。
「いずれにせよ、昨日の俺たちの行動に異常があったことは明らかだ。……そうだな?」
「あ、え、ハイッ」
 急に耳元で高い声が響き、俺は半分飛び上がりながら返事を返した。心臓がタップダンスを踊り出しそうになるが、落ち着け俺、これはあの隊長だ!
 俺が焦るのも無理はない……と思ってほしい。なんせ隊長は、流れる金髪に白磁の肌、大きな瞳と魅惑的なプロポーションを備えた、壮麗な美人に変貌していたのだ。 ……おい、コレ、どう収集つける? クロウに目配せするが、無言で首を振られた。そりゃそうか。こんな美人にチャイナ服のスリットから覗く太腿を見せつけられた日には、どんな命令だって絶対遂行だ。 ……だからこそ収集のしようがないんだけどな! アホ!
「……しかしまあ、とりあえずわかることは、」
「ジルバの胸でかいよねってことだね!」
「そう、俺の胸一体何カップ……ブルースゥゥゥゥウ!」
 本日二度目の制裁。実に動きやすいなミドリの服は。胸が更に強調されるのと、露出が多過ぎるのが難点だが。さて、本題に戻ろう。


つづく!